完成品の輸入ばかりとは限らない
工業が発達していない国では、望むと望まざるとにかかわらず、装備品の輸入は完成品輸入にならざるをえない。しかし、工業がある程度の水準に達している国であれば、あらゆる機会を逃さずに自国工業界の水準引き上げを図りたい、と考えるのは自然だ。
そうした国の軍隊が装備品の調達に乗り出す場合、完成品輸入では自国の工業にとってメリットがなく、あまり面白くない。かといって、ゼロから自力開発するほどの技術やノウハウはない。そこで考えられる現実的な選択肢は、部分的な生産参画ということになる。その具体的な方法としては、以下が挙げられる。
- コンポーネントの生産(組み立てはオリジナルのメーカーが担当)
- ノックダウン方式による現地組み立て
- コンポーネントの生産(組み立ては輸入国のメーカーが担当)
どの方式をとるかで、輸入元の国に落ちるカネの比率は違ってくる。しかし、地元に落とす金額が増えるからといって、実現不可能な選択肢を取ることはできないので、自国の実力を勘案しながら選択肢を検討することになる。
ここで問題になるのが、「売り手」と「買い手」の力関係だ。一般に、売り手のほうが立場が強い場合、買い手は売り手が提示する条件を飲むしかない。逆も然りだ。そして、買い手優位の場面で登場するのが、今回の本題であるオフセットである。
兵器輸出のオフセットがパーム油や羊毛の輸入!?
兵器輸出の世界で言うところのオフセットとは「見返り」だ。戦車でも軍艦でも戦闘機でも、購入金額に対して「オフセット率」を設定して、両者を乗じた分の見返りを売り手から買い手に提供する、という構図になる。例えば、1億ドルの調達案件でオフセット率が50%なら、5,000万ドル分の見返りを提供するという意味になる。
オフセットには、直接オフセットと間接オフセットがある。直接オフセットとは、調達する装備品そのものに直接関連する形でカネを落とすもので、以下が具体的な実現手法の例である。
- コンポーネントの現地生産
- コンポーネントに輸入国の製品を採用する
- 輸入国に工場を開設してノックダウン生産を行う
- 納入後の保守サポートを、輸入国の側で担当させる
これらのうち、1つだけでなく、複数を組み合わせる場合もある。輸入国で行う作業の比率が高まれば、その分だけオフセットも増えるという理屈だ。
一方、間接オフセットとは、調達する装備品とは直接関係しない形で輸入国にカネを落とすもので、具体的な実現手法の例としては、以下がある。
- 輸出国が輸入国に対する投資や技術移転を行う
- 輸出国が輸入国から天然資源・農産物・工業製品などを購入する
ウソのような本当の話だが、兵器輸出と引き替えにパーム油や羊毛といった一次産品を輸入した事例まであるのだ。また、オフセットではなくバーター取引の話になるが、アジアの某国は鶏肉との交換で戦闘機を入手しようと画策したことがあり、「どちらも翼を持っているではないか」と説明していた。当事者は真剣だったのだから笑えない。
ともあれ、基本的にはオフセット率が高いほうが買い手の立場が強いと見てよいだろう。例えばインドでは、通常は30%のオフセット率を設定しているが、新型戦闘機の調達案件(MMRCA:Multirole Medium Range Combat Aircraft)に限ってオフセット率を50%に引き上げている。総額100億ドルで126機(さらに200機程度まで増える可能性もある)という大型案件で、それに対して欧米の6社が受注を競っている状況であり、買い手の立場が強いからだ。
50%でも高い比率だと思われそうだが、実のところ、欧州諸国やカナダにおける装備輸入案件ではオフセット率100%は当たり前で、さらに130%、あるいは150%という数字が出てくることすらある。1万円の買物をすると1万5,000円のおまけが付いてくるようなもので、この数字だけ見ると売り手は大赤字としか思えない。
オフセット率が100%を超えても止められない理由
それほどまでに身銭を切って輸出する意味があるのか、と疑問を持たれても無理はない。しかし、これには相応の事情がある。
まず、受注獲得に失敗して生産ラインを閉鎖することになると、その後に受注を獲得できたとしても、生産再開は難しくなる。なぜなら、治具や工作機械を引っ張り出して生産を再開できたとしても、ノウハウを持った従業員はいなくなっている可能性が高いし、部品を生産・供給するためのサプライチェーンも構築し直す必要があるからだ。結果として、当初よりも大幅なコスト増加になる可能性が高く、それは装備品の価格に跳ね返って競争力を落とす。
一方、受注を獲得して納入できれば、その後の保守サポートで継続的にビジネスを続けられる利点がある。ハイテク化した航空機・装甲戦闘車両・艦艇・ミサイルといった装備品は、スペアパーツの供給や保守・整備を継続的に行わなければ性能を維持できないので、それらで稼ぐという考え方は十分に成り立つ。コピー機やプリンタのビジネスモデルと似ている。
そして、防衛産業を維持するという観点から国がバックアップするという考え方もある。特に航空宇宙・防衛関連企業が国営・国有になっている国であれば、「親方○○」で多少の負担はカバーできると考えても不思議はない。
つまり、オフセットとは産業基盤維持のための"必要悪"という色彩が濃く、オフセットのエスカレートは決して健全なこととは言えない。特に間接オフセットの場合、提案する装備品の良し悪しを競うというよりも、国同士がオフセットを実現するための国力を競う状況になってしまうため、好ましい競争環境にならないのだ。
そのため、ヨーロッパではEDA(European Defence Agency)という機関が、2009年7月からオフセット率の上限を100%に制限する行動規範(code of conduct)を発効させている。もっとも、この行動規範の対象になるのはEDA加盟国(正確には、ルーマニア以外のEDA加盟国とノルウェー)だけであり、その他の国には関係のない話だ。そのため、全面的に売り手の立場が強くなるような大逆転でも発生しないかぎり、今後もオフセットを巡る駆け引きは恒例行事であり続けるだろう。