民間人が戦闘任務に参加することの法的問題
倫理的・道義的な話を抜きにしても、軍人ではない民間人が戦闘任務に参加することには問題がある。例えば、軍人が違反行為を犯せば軍法会議にかけて処罰できるが、民間企業の警備員に対して「同じことができるか」、「ジュネーブ条約を適用できるか」といったことが問題となる。さらには、軍人が捕虜になればジュネーブ条約を適用できるが、民間警備会社の社員は軍人としての要件を満たしていないため戦闘任務で死傷した場合の扱いはどうするのかといった問題もある。
そもそも、戦争にまつわる法規や条約は、国家が維持する正規軍の軍人が戦闘任務を行うことを前提にしている。だから、民間警備会社の社員が戦闘任務に関われば、そうした法規の適用を受けないグレー・ゾーンができる。また、国防という任務のために命をかけるのと、利益・稼ぎのために命をかけるのとでは意識の持ち方が違ってしまう。
とはいえ、需要があれば供給が成り立つのは、どこの業界でも同じだ。「民間警備会社を規制しろ」と主張したり、警備会社やその顧客を非難したりするだけなら簡単だが、それだけでは問題の解決にならない。
それに、どうやって規制するのかを考えただけでも、実現が難しいのは容易にわかる。例えば、国連が世界各国に「警備会社や傭兵会社を傭うな」とお触れを出して、どれだけの実効性が見込めるだろう? 背に腹を変えられず、こっそりあるいは公然と傭う国が出てくるのは避けられないはずだ。
そして、規制によって民間人の戦闘行為を禁止した分の穴をどうやって埋めるのかも考慮しなければならない。そこまでしないで単にやめろと言っても、なくなるものではない。
軍が持っていなければならないノウハウと人材の喪失
軍隊に限らず民間企業でも同じだが、アウトソース化した結果として、自前でノウハウを持てなくなり、外注先に依存する体質が出来上がって身動きのとれない状態に陥ることがある。だから、ノウハウを維持するために自前での業務を継続するという考え方にも一理ある。
米軍では、調達関連業務の民間委託が進行した結果、そのノウハウを喪失したと指摘されている。調達管理業務に関するノウハウを喪失すれば、契約に基づく発注内容に対する監査も適正に行われるかどうか怪しくなってくる。
実際、アメリカの会計監査機関・GAO (Government Accountability Office)は2009年12月、調達業務に際して価格設定や会計監査などの鑑査・監督を担当するDCAA (Defense Contract Audit Agency)について、現状では十分な監督機能を発揮できていないとして、組織の再編成と独立性の向上を図るよう議会に勧告している。
また、国防総省自身も装備調達改革の一環として、2009年に調達業務を担当する要員として9,000名を新規に雇用、1万1,000名分の業務を国防総省の文官が担当するよう変更する方針を表明した。しかし、いったん喪失したノウハウを取り戻して、監督機能や調達関連業務を自力で適正に運用できるようになるには、時間がかかるだろう。
これは、調達や監査に限らず、整備や訓練といった業務にも言えることだ。以前取り上げた給養業務も、戦闘任務などに比べて重要性が低いと勘違いされそうだが、とんでもない。
人間がいれば1日3食は食べさせなければならない。だから、それが外部に依存してしまったら、戦闘任務にも民間人の給養スタッフを連れて行かなければならない、なんてことになりかねない。ここでまた、民間人が戦闘に巻き込まれるリスクが増える。さらにスタッフの護衛のために警備会社を傭って……なんてことになれば、ますますアウトソース化が進む。
また、軍の人材が民間に流出する問題がある。以前から、パイロットが民間のエアラインに転職することで人材が流出していたが、それが他の分野にも広がってきたわけだ。
一般的に、軍人の給与は高くはない。これは軍の仕事を請け負っている民間企業との比較でも言えることだ。しかも、高い国費を投じて育成してきた人材を民間が釣り上げることになるのだから、それを問題視する声が出てくるのは無理もない。高いスキルを持ち、その分選抜・育成に時間と費用がかかる特殊作戦部隊員では特に深刻な問題だ。
しかし、「職業選択の自由」に関わる問題でもあり、単純に規制できないのが難しいところである。
民間委託への対策が進む米国
このように、軍の仕事を民間委託する傾向が強まった結果として、いろいろな問題が生じている。どんな物事にもプラスの面とマイナスの面があるのが常だが、どちらかというとマイナスの面が目立っている傾向は否めない。もっとも、露出している情報量と実際の問題の深刻さが常に比例するとは限らないが。
軍やその他政府機関も含めて、民間委託に関する問題がいろいろ指摘されている。なかでも、過剰請求やいい加減な仕事ぶりについては、議会や会計監査当局を中心に厳しい目が向けられるようになってきている。
そうなってくると、さすがに軍としても無視はできない。米国防兵站局(DLA : Defense Logistics Agency)は、オバマ大統領が打ち出したアフガニスタン派遣部隊の増員(3万名増)に伴う業務量増加を受け、契約先の企業に関する不正を防止するための評価グループを発足させると表明している。
これは、個別の契約内容を調べるのが目的だ。こうした仕組みが即効性を発揮するかどうかは今後の実績次第だが、何もしないよりはずっといい。
こうした流れから、いい加減な仕事をする企業が排除されたり、さまざまな形での不正が抑止されたり、調達業務の分野で生じているように軍が仕事を取り戻す動きに出たり、といった揺り戻しがあれば、事態は少しでもまともな方向に向かうかもしれない。そして、民間委託を行ってもよい分野とそうでない分野の峻別が進むことを期待したいところだが、はたしてどうなるだろうか?