民生品が入り込んだ理由とそこでの課題
前回、軍用IT分野における民生品利用の事例をいろいろ紹介した。個別の事例を挙げ始めるとキリがないので、背景の説明に話を進めよう。
得られる結果が同じなら、すでにモノが存在していて開発・運用環境が整っており、手っ取り早く利用できる民間向けの製品、あるいは規格を利用することで、安上がりに情報システムを構築・運用できるというわけだ。ただし、そこには落とし穴がある。
昔ながらの軍用コンピュータの場合、いったん導入したものは長年にわたって運用を継続するため、メーカーもそれを前提に保守・サポートの体制を構築する必要がある。初期のイージス艦で使用しているコンピュータは1980年代から使われている製品だ。それでも、ソフトウェアの更新や付加機能の追加により、当初は想定もしていなかった弾道ミサイル防衛に対応しているのだからすごい話だが。
ところが民生品は、数年で製品が代替わりしてしまうのが普通だ。前回紹介した英海軍が導入した潜水艦用の指揮管制装置・SMCS NGでは当初Pentium 4が用いられていたが、このPentium 4など中古品でなければ手に入らず、そもそもIntelが製造していない。これでは、以前と同じ考え方で同じシステムを限界まで使い続けるのは難しい。
そのため、COTS(Commercial-off-the-Shelf)化したシステムでは、製品のライフサイクルが短いことを前提に、定期的にシステムを代替・更新していく必要がある。そして、メーカーのビジネスモデルやサポート体制も、そうした考え方に合わせて切り替えていく必要がある。そうなった場合、はたしてCOTS化したほうが安いかどうかは、判断が難しいところだ。
民生品の軍事利用と武器輸出管理制度の関係
本連載の第20回で、パナソニックのノートPC・タフブックの話を取り上げた。同製品は軍用品ではないが、米軍の仕様書で規定された耐衝撃試験をパスしており、世界各地の軍や警察で大人気だ。しかし、防塵・防水・耐衝撃といった特徴を除けば、中身は一般的なPCであり、それを兵器というのは無理がある。どんなソフトウェアや周辺機器を組み合わせて何に使用するか、というだけの問題だからだ。
IBMがPlayStaton 3用のCellプロセッサとAMDのOpteronプロセッサを多数組み合わせて構築したスーパーコンピュータ「Roadrunner」を、米エネルギー省(DoE : Department of Energy)の国家核安全保障省(NNSA : National Nuclear Security Administration)から受注・開発した例もある。ついでに書くならば、RoadrunnerのOSはLinuxだ。
こうした話からは、基本的には民生品である製品を武器輸出管理制度の対象にできるのかという議論が出てくるだろう。モノはあくまで民生品だが、使い方次第でウェポン・システムの一環となるという、いわばグレーゾーンに属する製品だからだ。
CPUに限らずネットワーク製品でも同じで、米海軍のイージス駆逐艦が艦内ネットワークをギガビットEthernetで構築しているからといって兵器扱いできるのかと言えば、それは無理がある。
さらに、プログラム言語も事情は同じだ。本連載の第2回で取り上げたF-35で使用するソフトウェアはC++言語で書かれている。従来は軍用プログラム言語としてポピュラーなAdaを用いることが多かったが、F-35のC++、無人戦闘用機(UCAV : Unmanned Combat Aerial Vehicle)のJavaなど、民生品と同じプログラム言語を使用する例が増えてきている。これを兵器扱いできるだろうか? それは無理な相談だ。そもそも、規制したくてもしようがない。
民生品の規制の枠組みはあるけれど……
そうなってくると、「民生品のつもりで輸出したものが相手国で軍用品に化けていた」なんて話があっても不思議はない。そもそも、民生品として輸出すると最終使用者証明も用途制限もないので、軍事転用を制度的に阻止するのは難しい。ヤマハ発動機の無人ヘリ「RMAX」が中国に輸出された件が問題になったのも、軍事転用の可能性が取り沙汰された事情が背景にある。
かつて、冷戦時代にはCOCOM(COordinating COMmmittee for Export Controls、対共産圏輸出統制委員会)という制度があり、軍事利用が可能と目される民生品の対共産圏輸出にタガをはめていた。冷戦構造が崩壊した後はワッセナー・アレンジメントという枠組みができており、軍事転用が可能な民生品の輸出になにがしかの規制を課す仕組みになっている。
しかし、ITのように民生品の進歩が早い分野があることから、規制が現状に追い付けない可能性は常に存在する。そもそも誰が、携帯電話を即製仕掛け爆弾(IED : Improvised Explosive Device)の遠隔起爆装置に改造する輩が出現するなんて思っただろうか? 信じがたいかもしれないが、イラクやアフガニスタンで本当に起きている話だ。