どこの業界でもそうだが、M&Aや業界再編が激しくなるのは、業界の構造に大きな変化が生じる "乱世" のことが多い。防衛産業界も例外ではない。
なぜ防衛産業でM&Aが多発するようになったのか?
多くの業界では市場が安定していると、同じような顔ぶれがシェアを分け合って、何となく(?)共存共栄できている。ところが、"市場の規模が縮小する"、"価格低下の圧力がかかる"、"将来に向けて大きな投資が必要になり企業体力の強化が求められる"、"新規参入するプレーヤーが出現する"といった要因が加わると、状況は変わる。
そうなった場合、体力のない企業は事業を継続できなくなり、生き残った企業に買収され、プレーヤーの数が減ってくる。そして、生き残った少数の大企業による寡占化が進む。これは、自動車メーカーやPCメーカーの動向からもわかるだろう。
防衛産業の場合、1990年代から大規模な業界再編と寡占化の傾向が強まり、現在に至っている。もっとも、それ以前から航空機メーカーの集約化は進んでいた。しかし、1990年代以降の業界再編は、そうした国単位・業種単位ではなく、業種や国境をまたぐことが増えている点に特徴がある。その原因は2つ考えられる。
1つは言うまでもなく、冷戦構造の崩壊とそれに伴う大幅な国防支出の縮小だ。冷戦崩壊により世界に愛と平和の千年王国がやってくる」なんていう話は幻想に過ぎなかったが、少なくともヨーロッパ西部でNATOとワルシャワ条約機構が戦争を起こす可能性が大幅に低下したのは間違いない。そのため、ヨーロッパ諸国は1990年代に入ってから国防支出の削減に踏み切った。ただし、2000年代に入ってから揺り戻しが生じている点を忘れてはならないが。
もう1つの原因は、ウェポン・システムの高度化・複雑化だ。1991年の湾岸戦争により、安価なローテク兵器を大量に揃えてもハイテク化された最新兵器には対抗できないという認識が広まり、ウェポン・システムのハイテク化に拍車がかかった。その結果、陸・海・空に関係なく高度化・複雑化が進み、そうしたシステムを開発できる能力・体力を備えた企業は限られることになった。
1990年代以降から始まった業種と国の垣根を越えた再編
1990年代以降から今日まで防衛産業界で続いている再編は、業種と国境という境界を飛び越えている点を特徴とする。
業種をまたいだ再編とは、プラットフォーム分野にこだわらない、総合企業化という意味だ。1990年代以降の防衛産業界では、戦車・艦艇・航空機といったプラットフォームだけを手掛ける企業ではなく、システム・インテグレーターと呼ばれる企業が主役になった。プラットフォームや各種のサブシステムを手掛けるメーカーは、システム・インテグレーターの下請けに位置付けられる。
システム・インテグレーターとは、1つのウェポン・システムを構成するために必要なプラットフォームやサブシステムを組み合わせてシステムとして機能できるように仕立てる仕事のことをいう(この話は拙著「戦うコンピュータ」で御覧になった方もおられるだろう)。
軍艦であれば、船体やエンジンが主役ではなくなってきている(重要ではあるが、相対的に立場が小さくなったという意味だ)。主役となるのは、船体に搭載するレーダー、ソナー、その他のセンサー群、各種ミサイル、戦闘指揮を担当するコンピュータといったものだ。イージス艦のように、船体の設計が搭載するウェポン・システムに左右される事例も珍しくない。
つまり、現代のウェポン・システムにおいて重視されるのは、ドンガラよりもアンコだ。もちろん、アンコの方がコストが高く作業量も多い。そのため、ドンガラを手掛けるメーカーではなく、アンコそのもの、あるいはアンコのシステム・インテグレーションを手掛けるメーカーが主契約社になるケースが増えている。
イージス艦は、ドンガラよりもアンコの方が高価なシステムの典型例。上部構造やマストに櫛比するアンテナ群は、センサーや通信が重視されていることを物語る(写真は米海軍のイージス巡洋艦・シャイロー。筆者撮影) |
欧米ではもともと日本のような総合重工メーカーは少なく、造船、航空機、戦車などの装甲戦闘車両(AFV)、電子機器といった分野ごとに、メーカーが存在していた。しかし、ウェポン・システムにおいてコンピュータやセンサーといった機器の比率が高まったことで、相対的に車両・艦艇・航空といったプラットフォームの比率が下がった。そのままでは、プラットフォームを手掛けるメーカーの地位低下につながる。
そこで、プラットフォームを手掛けてきたメーカーが電子機器部門やミサイル部門を自前で育成したり、既存のメーカーを買収したりして、ドンガラとアンコの両方を手掛ける傾向が強まった。逆に、電子機器やミサイルといったアンコを手掛けていたメーカーが、そこから地歩を拡大した事例もある。どちらも総合メーカーへの道につながる。
その過程で、企業戦略に合致かつ必要とする技術や製品を持っていれば、他国の企業でも買収して傘下に収める傾向が強まった。結果として、多国籍化した巨大な防衛産業グループが形成されることになり、それが「国境をまたいだ再編」という意味になる。防衛産業のグローバル化と言ってもよい。
さらに国境をまたいだ再編の背景には、自国だけでは商売にならないとして他国に市場を求めた事情もある。これについては、回を改めて詳しく取り上げることにしよう。