F-22増産問題の政治的背景
航空自衛隊が、次期戦闘機(F-X)として候補に挙げているF-22Aラプターについて、米国内での動きが混迷の度を深めている。もちろん、国防上の必要性に照らしてどうかという議論もあるのだが、それだけでは済まされないところが難しい。
そもそもF-22Aは法律の規定により、現時点で外国への輸出が禁じられており、その規定を撤廃しなければ対日輸出は実現不可能なのだが、それだけでなく、本家・アメリカ空軍向けの量産を続けるかどうかで、国防長官と議会が対立する状況になっている。
ロバート・ゲーツ国防長官は「F-22Aは対テロ戦には不向き」として187機で生産を打ち切る意向を示したが、2010年度の国防予算について審議する過程で議会が反発、下院が12機、上院が7機の調達を求める事態になった。日本では、まずこうした事態は発生しないが、これには日米の予算策定プロセスの違いや、議員による一種の利益誘導といった事情が背景にある。
アメリカにおける国防歳出策定のプロセス
日本であれば、予算案をまとめる過程で防衛省と財務省が折衝して、案件ごとに予算を計上するかどうかを決める。そこで話が決まれば、後は国会で可決・成立するかどうかというだけの話になる。
個々の装備調達案件について、国会で是非が大問題になることは少ないし、そもそも、そうした議論を展開できるだけの知識やスタッフを備えた国会議員が、はたしてどれだけいるかどうかすら怪しい。
ところが米国では、国防総省が策定して、大統領から議会に送付されるのは「予算教書」であり、議会はそれを叩き台にして、独自に国防歳出法(National Defense Authorization Act)をまとめる形をとっている。もしも上院と下院で国防歳出法の内容に大きな差が生じた時には、両院協議会を開いてすり合わせを行う。審議の過程で軍の幹部を議会に呼んで証言を求める場面が多いため、軍の高官の仕事には「議会での証言」が大きな比率を占める。
こうした制度上の違いにより、予算教書に盛り込まれていなかった話が、議会によって国防歳出法に盛り込まれることはよくある。過去には、大統領が反対していた原子力空母の建造費を、議会が押し切って国防歳出法に押し込んだことすらある。
ただし予算の総額は簡単に増やせないから、予定外の装備調達プログラムが押し込まれれば、別の装備調達プログラムが裏で犠牲になる可能性が高い。今回のF-22Aの件では、下院ではエネルギー省の予算を減らしてF-22Aに回している(核兵器の開発・維持はエネルギー省の担当なので、国防予算に関わりがある)。
戦闘機の生産と経済効果と利益誘導
そのF-22Aの最終組み立ては、ジョージア州マリエッタにあるロッキード・マーティン社の工場で行われているが、機体構造部分は同じロッキード・マーティン社でもテキサス州フォートワースの工場、あるいはワシントン州シアトルのボーイング社が分担生産している。
また、プラット&ホイットニー製のF119エンジンはコネティカット州ハートフォードの工場で作られているほか、レーダーはノースロップ・グラマン製、電子戦装置(敵のレーダー電波を探知・妨害する機材)はBAEシステムズ製といった具合に、F-22Aの生産に関わっているサプライヤーは膨大な数になる。
一説によると、F-22Aに関連するサプライヤーは全米44州に散在しており、関わっている企業の合計は1,000社に上るとされる。ということは、F-22Aの生産が続くかどうかが、これだけの規模の雇用に大きな影響を与えるということであり、それを確保できるかどうかは、各州選出の議員にとっての重大関心事と言える。
もちろん、その中でも規模の違いがあるため、ジョージア・テキサス・ワシントン・コネティカットといった、主要部分の製造に関わっている州を地盤とする議員の発言力が強まるのは確かではあるが。
また、機体の生産数が増えれば、それを配備する部隊も増える。すると、配備先の基地では新型機を受け入れるための施設改善工事が必要になる場合が多い上、関連する要員が空軍基地に駐留することになり、これも1つの経済効果と言える。もっとも、既存の部隊が機種改変する場合、後者については変動は少ないが、施設改善工事は必要になる可能性が高いから、経済効果はゼロではない。
米空軍の戦闘航空団1つで4,000~5,000名の人員がおり、さらにその家族も加わるわけだから、経済効果の数字も無視できない。実際、そうした経済上の理由から、地元の基地閉鎖に反対する議員は少なくない。
また、ステルス戦闘機や原子力潜水艦のように特殊な素材・特殊な生産技術を必要とする製品の場合、技術基盤の維持、生産に関わる設備・人員の維持が重要な課題になる。そうした観点から、F-22Aに続く新型戦闘機・F-35の量産が立ち上がるまではF-22Aの生産を続けるべき、という主張が出てくる。
こうした事情も、アメリカにおけるF-22A生産継続問題の背景に関わっているわけだ。なにもF-22Aに限らず、どんな装備調達プログラムでも、多かれ少なかれ、似たような事情はある。