データサイエンティストと聞いて、どんな人が頭に浮かぶだろうか? 真っ先に出てくるのは、大学で統計学やAIを専門的に学んだ人かもしれない。しかし、本連載初回に登場いただく、三井住友海上火災保険 デジタル戦略部 デジタルビジネスチームの木田浩理氏はそうではない。木田氏は文系出身であり、ビジネスマンとして働く中でデータ分析の面白さを知り、データ分析ができる職を追求し、現職に就かれた人だ。
今、データ分析とは異なる分野の仕事をしていながらも、データサイエンティストになりたいという方にとって、木田氏のキャリアは特に参考になるのではないだろうか。
木田氏は、2018年にデジタル技術を活用するためにデジタル戦略部が新設された際、同社に入社した。当時、デジタル戦略部に在籍していたデータサイエンティストは1人だったが、今では10名程度に増え、同氏は古株になるそうだ。
デジタル戦略部は業務プロセス改革チーム、企画チーム、デジタルビジネスチームの3つのチームから構成され、木田氏たちはデータサイエンティストのチームに所属し、同社のデジタライゼーションを推し進めている。あわせて、データサイエンティストの人材育成に取り組んでいるそうだ。
データ分析が存分にできる職までの道のりは遠かった
今では業務として、データ分析に思う存分取り組んでいる木田氏だが、前述したとおり、すんなりとデータ分析の道に入ったわけではなかった。
まず、木田氏は一般企業に就職をした後、元国会議員の秘書になり、政策に関わるうちに、政治家と支持者の関わりはCRMと一緒であることに気づき、データ活用のためのソフトウェアを販売している企業に転職した。
そのソフトウェア企業には営業職として入社したが、後に大手ITベンダーに買収され、木田氏は営業職の傍らで独自にデータ分析の勉強を始めた。しかし、そこでも木田氏が求めているデータ分析は行えず、データ活用を前提とした職種として、大手デパートに転職をした。
そして、データ活用を掲げた転職だったにもかかわらず、婦人服の売り場に配属になったという。しかし、木田氏はあきらめなかった。
「婦人服の売り場で接客をしていたのですが、そこで、まったくデータに触れたことがない販売員が『自分の売り場の商品がどのように売れているのか』ということを知りたがっていることがわかりました」(木田氏)
この時、木田氏はいわゆるデータサイエンティストと呼ばれていない人々もデータを活用したいという気持ちを持っていることを知り、そうした人たちがデータを分析できるようにしていくことの重要性を感じたそうだ。
その後、いくつかの企業を経た後、通信販売の企業に移ってデータ戦略部門に配属され、文系のコールセンターの担当者やマーケティング担当者の方々をデータサイエンティストとして育成することになった。現在、木田氏が育てた方々は、データサイエンティストとして活躍されているそうだ。
プログラミングができなくてもデータは分析できる
「データ分析の魅力は、見えない課題の中から仮説を立て、データを使ってそれを証明していくところにあります」と、木田氏はデータ分析の魅力を語る。
例えば、小売店の場合、商品を売ることが最大の関心事だが、データを分析することで、「昨年と比べて、何が売れているのか」「どんな時間帯に何が売れているのか」といったことがわかるようになる。こうしたことを知ることで、販売戦略を立てることが可能になる。
木田氏がデータ分析を始めようと思い立った頃と比べ、現在は、データ分析のためのツールがそろっている。「とにかくTableauは使いやすいです。簡単にデータの分析結果を可視化できます。データ分析の世界を変えました」と、木田氏はいう。
データを可視化したら、加工を行い、モデリングにつなげていく。こうした一連の作業は、数学ができなくても、ツールによって可能だという。
Tableauに加え、データ分析の世界を変えた技術にPythonがある。「Pythonによって、データとの距離が近くなりました」と話す。プログラミングが得意なら、Pythonを使ってもよい。しかし、「目的はデータ分析で問題解決をすることなのでプログラミングにこだわらず、分析ツールもどんどん使えばよい。プログラミングができない人も、データサイエンティストとして育ててきました」と、木田氏は話す。
ちなみに、三井住友海上火災保険では、デジタライゼーション推進の一環として、各部署から推薦された若手の保険数理人(アクチュアリー)を対象に、データサイエンティストたちが講師となり、週に1度Pythonのトレーニングを行っているそうだ。
また、東洋大学情報連携学部(INIAD)と提携した短期集中Python講座を受講した社員は数百名を超えており、各地でデータ分析の人財が着々と育っているとのことだ。
人間心理、ビジネス思考を学ぼう
木田氏は読書が好きとのことで、おススメの書籍として、ハーバード・ビジネス・スクールの教授のクレイトン・クリステンセン氏の『ジョブ理論』を紹介してくれた。同書によって、人間の心理を学ぶべきだという。その理由について、「データ分析を行う上で、人間の心理と企業戦略を結び付けることが重要だから」と、木田氏は話す。
「データサイエンティストの仕事は、課題を解決することです。データを分析するだけではありません。今、データを使いたい現場とデータを分析するデータサイエンティストの間に溝があります。データサイエンティストはビジネスと人間の心理を理解することで、両者をつないでいくことで、課題を解決していきます」(木田氏)
データ分析において予測ができるようになると、楽しくなってきて、もっと分析の精度を上げていきたいと思うようになるという。「データ分析に関わる仕事はやりがいがあります」と語る木田氏に、データサイエンティストを目指す人へのアドバイスを聞いてみた。
前述したように、『ジョブ理論』を読むことに加え、ビジネス思考を学ぶことが大事だという。これは、文系だろうが、理系だろうが関係ない。「何のために、データを分析するのかを理解するには、ビジネス思考が必要です」と木田氏。また、適切な手順を学ぶことも大切だ。木田氏は「データサイエンティストになるには、努力が欠かせません」と、話を結んだ。