前回の記事では、データ分析の競技会「Kaggle」の概要と仕組みについてご紹介しました。今回は、実際にKaggleがどのように仕事で活用できるのかをお伝えします。このテーマは複数の視点から考えられますが、本稿ではKaggleに参加する本人の視点、データ分析人材を育成する視点、そして企業の採用活動の視点の3つに分けてお伝えします。
実際に成功事例を知るのが一番の近道だと思います。世界でも数少ないKaggleグランドマスターであるDeNAの藤川和樹氏と、企業内の人材育成に独自のKaggleを取り入れているダイハツ工業(ダイハツ)の事例をインタビューしました。
Kaggleに参加する本人の視点
Kaggleに参加する本人には、データサイエンティストを目指す上でどのようなメリットがあるでしょうか。前回の記事で紹介したように、Kaggleではさまざまな企業がコンペティション形式でデータセットを提供しています。与えられた課題をこなしていく中で他の参加者と切磋琢磨し、技術が向上するメリットがもちろんあります。
DeNAの藤川氏は「Kaggleに参加することで、これまで自分があまり扱っていなかった分野のコンペに参加し、データサイエンティストとしての幅を広げることにもつながります」と話していました。同氏はDeNAでプロ野球やライブ配信サービスなど幅広い分野のデータ分析プロジェクトを牽引ながら、Kaggleグランドマスターとしても活躍しています。
DeNAは企業としてもKaggleへの取り組みを応援していて、業務としてKaggleに取り組める特徴があります。藤川氏は「プライベートの時間も含めて、グランドマスターになるまでにかなりの時間をKaggleに注ぎ込みました」と語っていましたが、Kaggleで上位を目指すのは簡単ではありません。
継続して良い結果を残すためには、ゲーム感覚で楽しんで進められるように、自分が興味のある分野や得意分野のコンペを見つけて取り組んでいくことが大切なのだそうです。その一方で、Kaggleをうまく活用すれば、新しい分野の知見や技術の獲得にも役立つそうです。
「業務では所属部署によってある程度限られた分野のプロジェクトを担当することが多いと思いますが、Kaggleでは本当にさまざまな業界の幅広い課題が出されます。いずれも実際のビジネスに結びついている臨場感の高い課題ですので、普段と少し違った分野のコンペに参加することで、ある種のOJTが体験でき、自身の技術の幅を広げることにもつながります」(藤川氏)
自身の力を縦横双方に広げられるのは、Kaggleらしい魅力といえるのではないでしょうか。
データ分析人材を育成する視点
データ分析人材を育成する視点ではどうでしょうか。DeNAのように業務としてKaggleに取り組み、社員の技術力向上を図っている企業もあります。こうした例は、エキスパートレベルのデータサイエンティストを抱えている企業に多いでしょう。
全社的なデータ分析人材育成の観点では、面白い取り組み事例がダイハツにありました。同社は2020年末から国内のおよそ6500人の社員に基礎的なAI教育を開始し、その後も段階的な育成を行い、2020年代半ばまでに数百人の高度データ分析人材を育成する計画を進めています。
その研修プログラムの中で、ダイハツ独自の「社内Kaggle」を開催しています。ダイハツのAI人材育成の取り組みについては、参加者のインタビュー動画(YouTube)をご覧になれます。
ダイハツの東京LABOデータサイエンスグループでグループ長を務める太古無限氏は「社内Kaggleの開催の狙いは主に2つあります」と語ります。その1つは社内人材の発掘です。素質を伸ばしてより活躍できるよう支援しています。
もう1つの狙いは、実戦形式で楽しくデータ分析に必要なスキルを学んでもらい、業務への応用につなげてもらうことです。実際に社内KaggleをきっかけにPythonを学びはじめて業務へ応用した事例や、新卒の文系社員が入社2日目から社内Kaggleに参加して全役員の前でプレゼンした事例などを生み出しているそうです。その他にも、社内Kaggleの難易度では物足らなくなり、米Googleが提供する本来のKaggleに取り組み始め、エキスパートの称号まで取得した人もいるそうです。
いずれのケースも、社内Kaggleに取り組み始める前はデータ分析の初心者でしたが、社内Kaggleというゲーム形式でスタートした結果、楽しみながら取り組むことができたようで、技術も向上しています。企業の人材育成のあり方として、参加者が主体的に取り組める研修の成功事例といえそうです。
企業の採用活動の視点
企業の採用活動の視点でも、Kaggleは強い影響力を持っています。Kaggleの認知が広まってきたこともあり、Kaggle内で称号を持っていることは一種のステータスになりました。上位者は書籍を執筆したりカンファレンスに登壇したりするなど、有名になっている人もいます。そうした有名なKagglerと一緒に働きたいという人もいるので、入社希望者の増加につながります。
もちろん宣伝効果だけではありません。前述したDeNAの藤川氏は「Kaggleで一定の成績を持っている人は、業務でもその知識や経験が生かせます」と話していました。藤川氏は採用活動に関わる機会もあるそうですが、やはりKaggleは世界中のデータサイエンティストと競い合い相対的に評価される仕組みですので、客観的な実力の証明として有効に機能しています。
面接の場において、Kaggleの同じコンペに参加していた経験があると、そのコンペの課題にどのように取り組んだのかを深堀りして議論でき、お互いの理解促進につながるといった補足的な効果もあるようです。
求職者本人にとっても、実力を分かりやすく伝える手段としてKaggleが有効であることに変わりはなさそうです。
まとめ
Kaggleはデータ分析技術を競い合う国際的なコミュニティですが、企業活動や仕事の観点でも大いに生かせます。データサイエンティスト個人として技術を向上させたり、技術の幅を持たせたりするだけでなく、企業が人材育成に応用したり、採用活動を効果的に行ったりする際にもKaggleの有効性が認められているようです。