今回の執筆担当はリクルートテクノロジーズの柳澤です。リクルートにおけるサービスのコミュニケーション設計などに携わっております。
第1回は、ネットサービスの世界では、提供する機能やUIの模倣は比較的容易であり、どのように持続的に優位性を作るかが課題であると紹介しました。
サービスが同質化してしまうと、カスタマーの確保に向けて広告宣伝費の投下勝負へ陥りやすくなります。当然、ケースにより投下量で勝ちきるという戦略もあるのですが、CXデザイングループではサービスのブランド力を高め、安定的且つ能動的な集客基盤を築いていくことでコスト投下によるレッドオーシャンから脱却していくことを志向しています。
そのためのステップとして、次の2段階の設計が重要です。
(1)どのような期待値を持ってもらうのか(あるいは期待値を変えるのか) (2)どのようなプロダクトでその期待に応えるのか(あるいは超えるのか)
第2回は、第2段階の「ひとりひとりへのおもてなし」として、テクノロジーを活用してパーソナライズした期待に応えるためのプロダクト設計を取り上げました。
順番は入れ替わりましたが、第3回となる今回は第1段階のコミュニケーションを中心にした期待値設計について、カーセンサーの事例を通して説明します。
カスタマーの知覚価値を創出するコミュニケーションにシフト
4年前のカーセンサーはサービス名や新機能名の連呼型のコミュニケーションが中心でした。そこから前述したように持続的な顧客基盤を築くため、誰にどのような期待価値を作るかといったカスタマーの知覚価値創出型のコミュニケーション設計にシフトしました。
まずはCX戦略の根幹であるブランド定義書の作成に着手しました。そのプロセスの中で、カスタマー調査や行動データの分析を行って、カスタマーの価値につながる定量的な構造を把握し、標的となるKPIを検討しました。同時に、40名以上のさまざまな特性を持ったカスタマーのデプスインタビューを行い、評価グリッド法などさまざまな投影手法を駆使して、背景にあるインサイト構造を確認し、定量から見えた仮説を検証していきました。
それらを通し、定量・定性的な側面からコミュニケーションに必要となる「戦略的なセグメントは誰か」「彼らにどんな価値を知覚してもらう必要があるか」を整理しました。
そのマスタープランをもとに、カーセンサーとしての新たなコミュニケーションをスタートすることができました。オフライン・オンライン問わず、戦略に最も適したタッチポイントで、何をコミュニケーションするか、どのKPIで成果を図るかなどを定期的に見直しながら、現在もなお運用しています。
また、クリエイティブなどの表現領域はブランド定義書に基づいたデザインガイドラインを同時に定義し、部署間で制作物が異なりがちなデザイン面も統合的に管理しています。
期待価値が伝わりカーセンサーを選んでいただけるというブランドロイヤルティ指標の1つとして、指名検索数がありますが、この取り組みを始めた3年前から継続的なベースアップが積み重なり、その数は約3倍ものボリュームとなっています。
これまでのマーケティングのプロセスと何が違う?
さて、ここまでの話だと、これまでのマーケティングのプロセスと大きく変わらないように聞こえるかもしれません。
これまでのマスマーケ・コミュニケーションの領域においては、関係者のかじ取りをしていくうえで象徴的においていたセグメントやペルソナなどは、アンケートによる指標を中心に形づくっていました。
一方、ネットサービスの領域では広告データ・会員データ・行動ログデータなどさまざまな指標が可視化できるようになり、極端な話ではUU単位でターゲットを捕捉・モニタリングできるということが大きな特徴です。
「絵に描いたもの」ではなく、実際にとった行動を捉えることができるという特性を活かした戦略設計を行うことが可能です。
カーセンサーではコミュニケーションのゴール状態およびゴールに向かうパスの設計が異なるカスタマーの戦略セグメントを複数設定しています。
あるセグメントはサイト内アクションまで、またあるセグメントはサービス理解まで……といったように、「プロダクトはCVRさえ見ればよい」「広告は流入や認知まで見ればよい」といったような「機能単位」でのものの見方ではなく、「カスタマーセグメント単位」でコミュニケーションとプロダクトの在り方を定義し、ゴールを設定しています。
この戦略セグメントにマーケティングオートメーションなどによるトリガーを掛け合わせることで、ネットサービスの特徴であるパーソナライズ(One-to-Oneマーケティング)がより精緻化されていきます。そのため、ネットサービスでは、こうしてマス広告を打つ際もその特徴であるパーソナライズを実現するテクノロジーとの接続を強く意識していくことが大切だと思っています。
データサイエンス×アートのバランス
これまで触れたようなデータドリブンなマーケティングは、ともすればクリエイティブに落とす際に制約となるのではないかと思われたか方もいらっしゃると思います。つまり「ガチガチにデータで固めた要件を広告代理店やクリエィブ制作サイドにお渡しすると、制約条件化し要件以上の提案性がなくなったりするのでは……」という懸念です。
われわれは「サイエンスなのか」「クリエイティブなのか」という対局論ではなく、双方の役割を使い分け、広告主体者としてのバランスをとることが重要だととらえています。
カーセンサーは、データで可視化できる部分はできる限り明らかにし、意思決定やディレクションの観点を内部では持つようにしています。しかし、広告代理店など制作サイドへのクリエイティブ要件へはあえて抽象度を上げて渡し、専門家の持ち味=クリエイティブジャンプを思い切りできるような進行を心がけています。
データでロジックを積み上げていくことは必要ですが、血の通ったコミュニケーションには十分ではありません。改めて、期待価値を作ること、最終的には選んでいただくサービスになることをベースに、そこにどうやって関係者の人の価値を足すかという、チーム作りやオペレーションもCXデザイナーとしての醍醐味であり、価値の発揮しどころと捉えています。
著者プロフィール
柳澤 正規
株式会社リクルートテクノロジーズ ITマーケティング本部
大学院修了後、外資系日用品メーカーで営業、マーケティングを経験。オーラルケア商品のブランド戦略やデジタル戦略策定などに従事。
2014年リクルートテクノロジーズに入社後は、『リクナビNEXT』『カーセンサー』などのブランド戦略・実行に携わる。現在は、リクルートコミュニケーションズ マーケティング局 コミュニケーションデザイン部 CXデザイングループに出向中。