東日本大震災において会社や家族の安否がなかなか確認できず、連絡手段の確保が今後の課題として明らかになったことは言うまでもないでしょう。JFE商事鉄鋼建材(以下、J鉄建)では、阪神・淡路大震災の教訓に基づいた策定したBCP(Business Continuity Management):事業継続計画)の下、東日本大震災発生から3時間半で社員の安否を確認しました。今回は、総務人事部長の松下安宏氏に、震災時の対応を含めた同社のBCPについてうかがいました。
「想定外」に弱い日本人
「福島の原発事故での対応が後手に回った原因の1つは日本人の国民性」という指摘があります。「危機管理」と日本語ではひとくくりにされていますが、英語では「リスクマネジメント」と「クライシスマネジメント」に分けられ、前者は「想定内」、後者が「想定外」への対応と分けてもよいでしょう。リスクマネジメントは日本人にとって得意分野です。危機が起こらないよう対策を講じ、想定内の危機にはあらかじめ決めておいた手順を冷静に実行します。問題は「クライシスマネジメント」です。
対策が破綻した時を想定するのは、そもそも「破綻する対策」に不備があるのではと考える日本人が多いのです。完全主義というのか生真面目というのか、「対策」とは万全でなければならず、そこに「破綻」を加味することを許さないのです。そして、「思考停止」します。可能性の低い危険性は「想定」すらしなくなるのです。これが後手に回った理由の1つではないかというのが、先の指摘です。
しかし、想定とは人間の考えることにすぎず、大災害はいつも「想定外」です。
阪神淡路大震災の教訓
「阪神淡路大震災」でも「想定外」が繰り返し叫ばれました。断層の存在は認められていましたが、巨大地震は南海沖が本命視され、淡路島近辺では起こっても小さい地震と軽んじられていたのです。実際には、マグニチュード7.2の激震が走り、高速道路が倒れ、長田は炎に包まれました。クライシスマネジメントとは、「想定外」が発生した時の「行動の優先順位」を決めておくことといってもよいでしょう。
J鉄建では、「安否確認」が最優先事項となっています。震度5強以上の揺れがあった場合に「安否報告」を行うことが定められており、東日本大震災でも実行されました。これは「阪神」での経験から生まれたものです。外出中や休暇中の社員は所属長に連絡を入れ、ボトムアップで上へ上へと伝わります。
ここで重要なことは、手段や方法を限定していないことです。日本人的な「危機管理」で犯す過ちは、安否確認の「手段」や「方法」を決めたがることです。震災時に電話が繋がりにくくなることはもはや常識です。仮に「電話で安否確認」と定めてしまうと、ひたすら「リダイヤル」を繰り返し途方に暮れる社員が増えることでしょう。「そんな馬鹿な」と笑いますか? 人間はパニックから逃れようとする心理から「安全だった日常」の記憶にすがるものなのです。
大切なことは電話をかけることではありません。自分の安否を知らせ、仲間の安否を確認することです。J鉄建では携帯電話、固定電話、携帯メール、PCメール、そして後述するグループウェアと、あらゆるチャネルを駆使して、160人を超える仲間の安否を、震災発生から3時間半後には確認が済んでいました。
BCPから生まれたクライシスマネジメント
J鉄建が利用したグループウェアはネオジャパンの「desknet's」です。同製品に標準装備されている「安否確認機能」が使われました。同機能を用いて、あらかじめ登録しておいたアドレスにワンクリックで現状報告できるURLが添付されたメールを一斉送信したのです。ボトムアップで下からの報告を待つだけでなく、トップダウンでも「安否確認」のアプローチを行いました。さらに、同僚や仲間という横のつながりからも自発的に「安否報告」が寄せられました。各自が自身の取り得る方法を駆使して安否報告を行ったのは、「行動の優先順位」が定められていたからで、すなわち「クライシスマネジメント」です。
desknet'sの「安否確認機能」の画面 |
同社の「クライシスマネジメントはBCPから生まれた」と総務人事部長の松下安宏氏は語ります。BCPとは、危機発生後に事業活動を継続するための計画です。安否確認を最優先とするのは、商社の経営資源は「人」であり、事業継続のカギを握るからです。J鉄建では出社率が50%でも業務を続行できるような体制を構築し、危機に備えています。こちらは「リスクマネジメント」。日本人の得意とするものです。
「震災時でもネット回線が生きていた都心では、携帯同士のメールよりもPCからのメールのほうが届きやすく、携帯電話が不通でも固定電話は繋がりやすかった」とは松下氏からのアドバイス。連絡手段をできるだけ多く用意しておくことも、クライシスマネジメントにおいては重要なことです。
震災で見えた課題
東日本大震災でTwitterは「つながり」を代弁しました。救助を求める声や支援が届いたという「実益」だけではなく、不安に怯える「つぶやき」に返された多くのリツイートが、被災者に人間の「つながり」を感じさせ、心を落ち着けることができたからです。J鉄建の「安否確認」を最優先とするクライシスマネジメントが理に適っているのは、仲間の無事を知ることで、大震災に怯えながらも「ひとりじゃない」という人との「つながり」を確認することで人は気持ちを強く保てるからです。
そして、松下氏は新たな課題を見つけました。「家族」です。社員の安否確認がスムーズに行われたJ鉄建でも、社員の家族の安否確認は難航しました。家族の安否を心配ながら仕事に集中するのは困難です。「社員の不安要素を取り除くこともBCPにおいては不可欠であり、難題ながらも取り組まなければならない課題」と、同氏は言葉を強めます。
今回の大震災により首都機能が麻痺して、「帰宅難民」が現実となりました。また、都市型被災の場合、「ネット回線」が重要なコミュニケーションチャネルになる可能性もわかりました。「計画停電」「計画的避難」もすでに経験しました。今後、これらは「想定内」。日本人の得意とする「リスクマネジメント」の分野となりました。
しかし、残念ながら大災害はいつも「想定外」です。「BCP」も「BCP」そのものが破綻することも「想定」するのが「クライシスマネジメント」です。
冒頭、日本人は「クライシスマネジメント」が苦手だという指摘を紹介しました。その指摘に頷く一方で、「課題」を克服する強さも日本人の特徴です。日本人の課題は「クライシスマネジメント」。だから、「もう大丈夫……」と信じています。