これからの時代の「顧客起点」とは?

「顧客起点」

この言葉を聞いて皆さんは何を思うでしょうか。言葉になじみがなく何だかよくわからない方もいれば、自信を持ってお客さま中心にお仕事をされている方もいるでしょう。

本連載でメインテーマとして取り上げる「顧客起点」とは、ブランディングやマーケティングの考え方の一つで、顧客の視点を中心に据えたアプローチを指します。顧客起点のアプローチでは、顧客が抱える潜在的な課題やニーズを拾い上げ、それに基づいて製品やサービスを開発し、事業活動におけるマーケティングや顧客対応を行います。

顧客起点のアプローチでは、顧客を深く理解するためにマーケティング調査や顧客インタビュー、VoC(Voice Of Customer)の収集などが重要な役割を果たします。これにより、顧客のニーズや嗜好性、行動パターンなどを把握し、それに基づいて製品やサービスを改善したり、新たな価値を提供したりすることが可能となります。

筆者は「顧客起点」とは、なにも新しい考え方ではなく、本来あるべき当たり前の姿だと思っています。

日本には、昔から「三方よし」という言葉が存在しています。この言葉は、江戸時代から明治時代に活躍した近江商人の経営哲学がもとになっています。近江商人は、企業/顧客/社会がそれぞれに支え合い、自己だけではなく互いの利潤を追求する経営スタイルを大切にしていました。

つまり、ステークホルダーが全員喜ぶ状態をみんなで目指そうということです。それであれば、企業が一方的な価値観で商品を作ったり、無理に押し売りしたりということはしないはずです。シンプルにお客さまの声に向き合い、一緒に成功を目指すことが求められます。

筆者は日頃から、「お客さまは神様であり、同時に仲間である」という姿勢を大事にしてきました。何かあればいつでもお客さまに相談したり、ちょっとした疑問を質問できたりと、一緒に事業を前に進める頼もしい仲間のような存在です。

そう簡単には信頼関係を構築することはできませんが、焦らず長い時間をかけて、真摯に顧客と向き合うことが大切です。

そしていま、B to Cの大手メーカーやリテール業界、SaaSを提供するB to Bにおいても、この「顧客を起点としたマーケティング」に最大の関心が集まっています。

「顧客起点」が注目される3つの理由

では、なぜ「顧客起点」が改めて注目されているのか。 筆者は大きく以下の3つの要因が影響していると考えています。

1 均一化の促進と情報爆発時代の到来
2 ロイヤル顧客による売り上げ影響度の割合増加
3 SaaS/サブスクリプションモデルの台頭

1 均一化の促進と情報爆発時代の到来

現代はあらゆるものごとが、すごい速度で進化しており、GAFAM(「G=Google」「A=Amazon」「F=Facebook(現Meta)」「A=Apple」「M=Microsoft」)を筆頭に、世界は便利に効率化に向けて走り続けています。 その先に待っているのはサービスや商品の「均一化」です。標準化や効率性の重視により、あらゆるものが収斂し、色味のないモノクロの世界が広がっていくイメージを筆者は抱いています。

企業は利潤追求のために効率性を求めがちですが、本質的に考えれば顧客が真に求めるものは顧客に聞くのが一番です。顧客起点と均一化は相反する考え方です。顧客の声を丁寧に拾い上げることは時間も労力もかかり大変な作業です。しかし、結果的に長い目でみたときには、その向き合いが売上の拡大や顧客ロイヤリティの向上に直結するのです。

また現代人は、「江戸時代の1年分」の情報量を、わずか1日で受け取っているとも言われています。日々、膨大な量の情報があふれかえっている時代ですから、とにかく忙しい現代人においては、信頼できる質の高い情報の価値が飛躍的に増しているのです。

ひと昔まえは、テレビCMや新聞広告など、不特定多数の消費者をターゲットにして、自社の商品の購入やサービスの利用へ誘導するマスマーケティングが主流でした。

でも、これを読まれている読者のかたも実感があると思いますが、テレビCMへの関心は年を追うごとに下がっていますよね?そもそもテレビを見る時間も著しく減少していますし、コスパやタイパを求める人にとっては不必要な情報が目立ちます。

人口が爆発的に増え、物も飛ぶように売れる時代は、はるか昔のことです。いまは、個別のニーズやカスタマイズが重視され、あふれる競合製品の中から唯一選ばれなければ生き残れない時代となりました。

日々大量の情報をシャワーのように浴びている現代人においては、自分にとって本当に重要な情報を得ることが大切なポイントになります。加えて、あらゆる制約(時間/労力/コストなど)のもと、効果的&効率的に獲得できるかが重要です。

顧客起点の経営では、ダイレクトに顧客の声を収集し、商品に反映します。まさに顧客が求めるものが形になるのです。 こうして均一化が進み、情報があふれる現代では、信頼できる情報の価値が飛躍的に高まり、標準化された商品よりも顧客を起点としたサービス、商品がより一層求められているのです。

2 ロイヤル顧客による売り上げ貢献度の割合増加

続いて2つ目の理由は、ロイヤル顧客による売り上げ貢献度の割合増加です。これは有名な「パレートの法則」で説明ができます。 パレートの法則とは、20%の要素が全体の80%を生み出しているという状態を示す経験則です。これをロイヤル顧客マーケティングに置き換えると、わずか20%のロイヤルカスタマーが、売り上げ全体の80%を占めているという状態になります。 ファンマーケティングで有名な「カゴメ」は、上位2.5%の方が売上の3割以上を担っているといいます。また、クラフトビールで有名な「ヤッホーブルーイング」では上位10%のファンが売上の6割を超えるそうです。

では、ロイヤル顧客が売上げの大部分を占める舞台裏について、以下のファンマーケティングループの図をもとに解説したいと思います。

この図は、顧客のロイヤリティを三角形で分類したもので、上にいくほどロイヤリティが高いということを示しています。三角形の下には、見込み顧客、潜在顧客が広く存在している状態です。

根強いファンになればなるほど、購入額や購入回数が、増える傾向にあります。新商品が出るたびに購入してくれたり、なくてはならないというようにリピート購入してくれたりするのです。

またマーケティングの世界でよく知られている、「1:5の法則」も同様です。これは、新規顧客の獲得コストが、既存顧客にリピートしてもらうコストに比べて、5倍もかかるという経験則です。つまり、新規顧客に躍起にあらゆる手をつくすよりも、既存の顧客にアプローチして、リピーターになってくれる努力をしたほうが、事業の成長には効果的に結びつくということになります。 さらに、熱狂的なファンは企業の代弁者として、SNSで発信したり、クチコミを寄せたりすることによって新しい顧客を連れてきてくれるのです。積極的なシェア(共有)のステージです。既存顧客にフォーカスすることで、新規開拓も同時に効果的に達成できるのです。

これは、まさに「類は友を呼ぶ」状態です。この言葉は、ロイヤル顧客マーケティングの世界でも、そのまま当てはまる考えです。また距離感が近い人たちは、似たような趣味、思考を持つ傾向があり、同じようにロイヤルカスタマーになりやすいというメリットもあるのです。

このように、ロイヤル顧客に向き合い、共創しながら事業活動を続けることで、ファンがファンを呼び、自然とその輪が大きく広がっていくようになるのです。

3 SaaS/サブスクリプションモデルの台頭

そして3つ目の理由が、SaaS/サブスクリプションモデルの台頭です。

時代の進化に伴い、これまでパッケージ化して提供していたソフトウェアをインターネット経由で利用できる形態が主流となりました。これはSaaSと呼ばれるサービス形態ですが、もはや一般化していて、日常で意識することはないのではないでしょうか。

また同時に、サブスクリプションという月額定額制でサービスを利用できるようになる事業モデルが、ものすごい勢いで浸透しました。

おなじみのAmazonプライムやNetflix、各種音楽配信サービスをはじめ、ランチやお酒を定額で契約する飲食店も珍しくありません。筆者の身の回りを見渡しても、絵画のレンタル、コーヒーの定期便、雑誌の定期購買、洋服や靴、カバンなどのアパレル関連など、あらゆるものが高速でサブスクリプションビジネスに変わっていっている時代です。

以前は、サービスの契約を取るまで、もしくは商品を購入してもらうまでが、売り上げのほぼ全てでした。つまり、マーケティング&セールスが中心の事業モデルです。

しかしながら、昨今では、顧客の満足度をいかに向上し、顧客との関係性を強固にできるかが、企業の最も重要な成果指標の一つに挙げられるようになりました。

売っておしまいの時代は、とうの昔に過ぎ去り、短期的・単発的な関わりではなく、継続を前提とした中長期的な関わりが求められています。そうです、現代は顧客との関係値が、事業の成功の鍵を握っているのです。

そうなると、必然的に顧客起点マーケティングやカスタマーサクセス、コミュニティを事業活動の中心に据える企業が増えてきていることもうなずけます。そうしないとあっという間に淘汰されてしまう時代が、もう今ここにきているのです。

以上の理由から、すでに先進的な企業はロイヤル顧客を起点とした事業スタイルにシフトしています。もはや、経営レベルでお客さまという存在の捉え方を変えなくてはなりません。流通チェーンの末端に顧客が登場していたこれまでのスタイルとは異なり、顧客を軸とした事業活動が求められているのです。

顧客不在の会議はやめよう

「顧客不在の会議」と聞いてドキッとする方もいるのではないでしょうか。

普通に考えれば、企業の会議に顧客が出席するのは違和感があるかもしれませんが、本来はサービスの価値を届ける先の顧客にこそ社内の会議には積極的に参加してほしいものです。

大袈裟な表現ですが筆者がCCO(チーフカスタマーオフィサー)を務めるロイヤル顧客プラットフォームを提供するAsobicaでは、ロイヤル顧客に製品開発やサービス改善の議論の場に参加してもらうよう推奨しています。

顧客不在の会議では、顧客の視点やニーズが欠落してしまいます。そうして生まれた商品では、顧客とのズレやニーズ不足が生じる可能性があります。結果として、顧客の満足度やロイヤルティの低下、競争力の低下につながるリスクがあるのです。顧客は企業や組織の製品やサービスの利用者であり、その意見や要望は重要な情報源です。いわば最高のヒントともいえるでしょう。

Asobicaには全国展開する大手外食チェーンのお客さまがいるのですが、長年ご利用いただいているファンを集めたファンミーティングを初めて開催した際のエピソードがあります。

これまでマーケティング担当者は、定期的にクーポンを配布するなど目に見えるかたちでキャンペーン施策を展開してきました。しかし、次回のキャンペーンの景品について、ファンに要望を聞いたところ、担当者から予想もしない答えが返ってきたのです。

それは、「お店に掲示されているポスター」や「ロゴ入りの使用済みの食器」を景品にしてはどうかというアイデアでした。まさに目から鱗とはこのことで、企業側からしたら、そのようなものに価値があるとは全く考えもつきませんでした。

これこそが企業と顧客がともに創る、「共創」が芽生えた瞬間といえるでしょう。

企業が持つ独自性や便益をより磨き込むには、本当に自分たちのこと愛してくれるロイヤル顧客の声を事業に反映していかなくてはなりません。

なにも本当に会議に参加してもらわなくても、ユーザーヒアリングやアンケート、ファンミーティングなどを通して顧客の生の声(=VoC)を集める手段は豊富にあります。

次回は、どのようにすればお客さまと密につながることができるのか、具体的な顧客との関係性強化のための手段として、いま注目される「コミュニティ」について紹介します。