本連載では、前回からコミュニケーションの活性化/円滑化に役立つテクニックの一つとして「ディシジョンツリー」について解説しています。

前回は、ディシジョンツリーの解説をわかりやすく進めるために、ERP推進派と現行システム部分改修派が対立する事例を紹介しました(ご覧になっていない方は、まずはこちらをお読みください)。この事例では、ステークホルダーが各々の立場から正しいと考えていることを真剣に主張しており、どちらが優れていると一概に言い切ることはできません。

このプロジェクトを良い方向に持っていくにはどうすればよいのでしょうか。

トップに意志決定をゆだねてトップダウンで決着するという方法もありますが、一方的な意志決定を行うと、もう一方のステークホルダーに禍根を残す恐れがあります。そうなってしまうと、システム導入・定着までの長く厳しい道のりで全面的な協力が得られなくなる心配が出てきてしまいます。やはり、時間の許す限り、ステークホルダー間の合意形成を模索したいところです。

ここで役立つのがディシジョンツリーです。今回は、ディシジョンツリーがどういうもので、どういった効果が見込めるのか、解説していきましょう。

ディシジョンツリーを使って論点を整理する

ディシジョンツリー(意志決定ツリー)とは、ある意志決定を行った結果、どのような効果やリスク、コストが発生するかを比較し、さらに新たに派生する意志決定を予想することで、目前の意志決定の判断材料とする手法です。

この事例では、まず双方のステークホルダーの主張を整理するために、各々の方針で意志決定を行った場合の効果とリスクをまとめたディシジョンツリーを作成しました。この際に、これまで「経営コックピット」や「全体最適」といった、やや抽象的な主張を繰り返してきたERP推進派に対して、具体的に実現したいことを確認しました。すると、各事業部の日計データを集計して全社データのモニタリングを行いたいことが判りました。

そこで、ここまでの両者の主張をリスクと効果の観点からまとめ、以下のようなディシジョンツリーを作成しました。

上図をもとに、ステークホルダーによるディスカッションを再開すると、これまで平行線をたどっていた議論は一転し、建設的な議論が行われるようになりました。

目的の深掘りで新たな施策を導き出す

ディスカッションの再開にあたり、双方が目指す目的(効果)をテーマに議論を行うようにお願いしました。

まず、ERP導入以外の方法で全社データをモニタリングできる方法を検討してもらいました。すると、会計システムへバッチ連携でデータを変換・投入し、会計システム上でデータを参照する方法が考え出されました。この場合、データが一元化されないため、リアルタイムに全社データを参照することはできませんが、当日集計分を翌日には参照できるようになります。

つぎに、全社データのモニタリングの主な用途について検討してもらいました。すると、主に社長と各事業部長、経営企画室長が毎朝行っている会議の場で活用したいことが判りました。これなら、前日分のデータでも実用上の大きな問題はなさそうです。

以上の調査結果をもとにディシジョンツリー(下図)を修正し、さらに各々の方針で進めた際のコストと必要な期間を概算しました。これらの資料を判断材料に、最終的な意志決定を行うディスカッションを実施しました。

その結果、まず問題の大きいA事業部に新システムを導入して早急に対処した上で、会計システムのデータ登録処理を改良して前日時点の全社集計データを会計システムで参照できるようにするシステム化方針で、全ステークホルダーの合意形成が得られました。

幅広く活用できるテクニック

本来、ディシジョンツリーは、意志決定の判断材料として利用しますが、この事例では、ディシジョンツリーを用いて対立する主張の論点を整理して本質的な部分に目を向けることで議論を建設的な方向に導いたり、ディシジョンツリーのポイントである派生的な意志決定を利用して新たな施策をテーマに議論したり、といった議論のツールとしての利用を行っています。

前回も述べた通り、プロジェクトを成功させるうえで、ステークホルダー間の合意形成は何ものにも代えがたい原動力となります。もし、かみ合わない議論が延々行われる場面を目の当たりにしたら、ディシジョンツリーを作成してみてはいかがでしょうか。

執筆者紹介

植田淳(JUN UEDA) - ウルシステムズ シニアコンサルタント


独立系SI会社にてプログラマからプロジェクトマネージャまでを経験した後、インターネット系ソリューションベンダに転職し、ECサイト構築プロジェクト数案件にアーキテクトや開発メンバーとして参画した後、自社パッケージ開発チームにてプロダクトマネージャとして、マーケティングプランの立案からデリバリまでの全体のマネジメントを行うほか、パートナー企業との新規ビジネスの企画・展開を担当。

ウルシステムズ入社後は、ユーザ企業の情報システム部門支援を中心に、RFP作成支援や要件定義、問題分析等の上流工程のコンサルティングを行うかたわら、新規事業の企画立案および事業立ち上げに従事するほか、プロジェクトマネジメント推進室のメンバーとして、プロジェクトのリスク監査や実行時支援に従事している。