気鋭のアニメ制作会社「スタジオコロリド」。近作としては、同スタジオにおいて最長の劇場アニメーション『台風のノルダ』を制作し、少年たちの友情の物語と、タイトル通り「台風」を正面から描いた、迫力ある風雨の表現などで注目を集めた。
同スタジオでは現在、デジタル環境を積極的に取り入れてアニメを制作している。スタジオ内を見回せば、液晶ペンタブレットが鎮座したデスクや、PC上で描いたレイアウトのプリントアウトなど、"アニメ制作会社"らしからぬ風景が目に留まる。
まだまだ紙と鉛筆が大きな存在感を見せ、今まさに「デジタル化」の過渡期を迎えているアニメ業界において、「スタジオコロリド」は、いち早くデジタル環境を整備している制作会社のひとつだ。
そんな同社がデジタル化にかける思いについて、『台風のノルダ』で監督を務めた新井陽次郎氏と、同社でデジタル整備を担当している栗崎健太朗氏にお話を伺った。第二回は、アナログ作画の「味」の消失など作画面の問題のほか、デジタル化による作画「以外」のワークフローを考える重要性を語っていただいた。
原画はあくまで「アニメの素材」
――作画のデジタル移行にあたって、これまで取材した他の事例で、アナログならではの「線画の味」が話題になることがあったのですが、デジタル制作を今本格的にやられているお二人から見て、アナログ製作のときの線と、今デジタルで作られている線の「味」というか、見栄えや雰囲気に何か大きな変化はありましたか?
新井: 基本的に、原画はアニメを構成する「素材」のひとつだと思っています。紙に描かれた鉛筆の線って、すごくいいんですよね。でも、その原画が描かれた後は、動画さんがトレースして間の動きの部分を描いて、次はスキャンされてデータになって、二値化(アンチエイリアスをかけない、白と黒のみの線に変換)されるんです。
そうなると、結果的に原画マンが紙の上で表現した描線のノイズ感や情報量というのは、その後の工程でそぎ落とされて、完成した作品にはなかなか残らないんですよ。今の日本の商業アニメの作り方では、最終的にその「味」はなくなってしまうものなので、その土俵の上で、原画に芸術性を求める必要はないと思っています。
――鉛筆で描くアナログ制作では、やはり絵に対する思い入れが強くなりがち、という面もあるのでしょうか?
新井: それはあると思います。最近はアニメの原画展も多く行われるようになってきて、一枚絵としての原画が見られる機会も増えていますし、目にするとやはり作品としてのすごみも感じます。
デジタル作画のメリットは、すぐに動きをプレビューできるという事です。一枚の絵の完成度を上げるというより、流れで「動きの面白さ」を追求していけると思います。
また、デジタル制作でも線のノイズを表現することはできると思っています。鉛筆の筆感みたいなものを表現する作風でも、例えばTVPaintというアニメ制作ソフトがあるのですが、それを使うと手書きのようなラフな描線も使えます。(アナログ線画のノイズを生かす工夫をするより)ノイズ感をデジタル作画で描いてしまったほうが、手間が少なくなるだろうと想定しています。
――デジタル制作を推し進めているスタジオコロリドですが、現状、アナログ制作とデジタル制作の割合はどれくらいですか?
新井: ケースバイケースなので『ノルダ』に限定してお話すると、原画に関して、半分以上は社内でデジタル制作したのですが、動画に関しては、6~7割がアナログ制作でしたね。
栗崎: 社内では動画もほぼデジタル制作していたのですが、『ノルダ』は弊社の作品の中でも一番尺の長い作品で、他社との連携が不可欠でした。デジタルで動画制作をしている会社にも頼んではいましたが、総数がデジタルで受注いただける枚数をはみ出る計画になったこと、また他社ではアナログ制作の方が多いということで、デジタルで作った原画を紙に印刷し、アナログ制作で動画を作っていただくことになりました。
――当然ながら原画より動画のほうが総枚数は多くなるので、個人的に動画からデジタル化が進むような流れもあるかと考えていたのですが、まだまだ動画制作では紙の方がメジャーという状況でしょうか。
栗崎: そうだと思います。
新井: とはいえ、アナログ制作からデジタル制作に切り替えるのは難しいですよね。デジタル制作に変えるとなると、慣れもともかくとして、もろもろの機材やソフトをそろえないといけない。コロリドはそういう経済的なリスクを押してでも積極的にデジタル制作を進めているのですが、多くの場合、ここまで思い切れないと思われます。現状できあがっているワークフローをいきなり変えるって、難しいんじゃないかなと思います。
アナログ/デジタルの混在は、"誰か"に苦労を強いる
栗崎: ただ、僕は現状のアナログとデジタルが入り乱れた制作環境は、到底良い状態とは言えないと思っています。
例えば原画をデジタル作画で描いた場合、当然ながら「原画をスキャン」する工程は無くなります。ですが、動画を外部の企業にお願いするときには先ほどお話しした通りアナログ制作で請けていただくことも多く、そうなると"デジタルの原画を印刷して、穴を空けてタップを付けてまとめる作業"が発生します。
この例だけでなく、アナログ制作を挟むことによって、デジタルで描いた利点がなくなり、誰かが苦労しなければならないんです。一貫してデジタルで制作できれば、こうした作業も発生せず、アナログからデジタルへ作業を移す際に発生するスキャンデータのゴミを取る作業、指定の色えんぴつの線を消す作業などもなくなります。
――デジタル原画のデータを紙に出力するというのは切ないというか、おっしゃるとおりもったいない感じがします。ところで、制作進行の方が原画・動画の紙の束を回収するというアニメ業界の慣例がありますが、コロリド社内に限って言えば、そういった状況は少ないということでしょうか。
栗崎: コロリドに入って1カ月くらいの制作進行の方を例に挙げると、素材の紙を運ぶことはほぼ無いですね。メールやデータ転送ツールで、原画や動画といった素材の回収を行っています。その方は別の会社でも制作進行を務めていたのですが、毎日外回りに出て素材を運んで、夜中に車の中で待機して仕上がりを待つこともあったそうなので、今と比べて負担は大きかったと思います。
デジタル制作のお話になると、やはり作画のセクションに注目が集まるのは当然と思うのですが、そこだけがパワーアップするのではなく、作画工程をデジタル化することで、アニメのワークフロー全体が変化していくことが重要だと考えています。
また、アニメの現場は多くの人が仕事を分担して動いていますが、細かく分担されているが故に、自分の領域の仕事を終えたら、素材がその後どうなるかがわからない状況は多いです。コロリドではいろんな工程のひとたちと密に話し合ったりする機会が多く、自分の仕事が終わったら、次の工程の手伝いに入れるスタッフが多くいます。
この会社に移ってきて、「自分は自分の仕事だけやっていればいいんだ」という意識ではなく、「この作品を作っているんだ」という意識に変わったのは、すごく大きいですね。
他社との連携における現状
――「絵を描いて終わりではない」というご指摘は、とても重要な点だと感じます。次に、業界全体の現状について、デジタル化への取り組みは個別の企業ごとに異なっているのでしょうか? 特に大作では連携されることも多いので、各社連携のためのルール決めみたいなことも行われているのでしょうか?
新井: 耳にする限り、どのスタジオも使っているソフトが全く違うので、そこを統一するのは難しいと思うんです。そこが今、問題になっているところだと思います。グラフィック業界で言えばPhotoshop、Illustratorみたいな、デファクトスタンダードといえる存在が現状ないですね。
栗崎: ソフトの違いも難しい点のひとつですが、同じソフトを使っていたとしても、会社ごとに仕上がり、データ作成時の手順やルールが違うという問題もあります。
しかし、テレビシリーズや劇場向けの長編を作ろうものならば連携は必須になるので、各社のいい所を活かしつつ、共通のルールが見つかればという段階です。そういう意味で、デジタル制作のフローを「企業秘密」にするより、みんなできちんとしたワークフローを作りあげるという風な流れにしたいですし、そうできたら理想的ですよね。