ステップ12 - 最終レビュー

今日は、いよいよ最終のセッションである。思い返せば、仕事の締切間際は5分の時間も惜しく、つい田中とのセッションは後回しになったり、田中が突然に会社を辞めたいというようなハプニングがあったりして、決してスムーズな10カ月だったとは言えないが、何とか最後までたどりついた。

最終レビューには次のような用紙を参考にして、中間レビューのときと同じように、二人で話し合った。

二人とも最初はあまり乗り気なくスタートしたメンタリングプロセスであったが、最後に二人で話し合っていると、けっこう自分にプラスになったことがたくさんあって、お互いに嬉しい誤算であった。

メンターにとっての嬉しい誤算

山崎にとって嬉しい誤算のハイライトは、田中が会社を辞めたいと言い出したことがきっかけで生まれた「見習い配属制度」である。結果としては、田中は辞めずに、来年の4月から隣の事業部に3カ月間の見習いという形で配属されることになった。これは、山崎が会社に提案して始まった新しい制度のおかげである。

田中のことで隣の事業部の林に相談をもちかけたとき、林に「田中がやりたいと思っている仕事かどうかは、ある程度仕事に就いてみないことにはわからないだろうし、こちらも田中にこの仕事をやるだけの力量があるかどうかは判断できないので、簡単に引き受けるわけにはいかない」と言われた。

そこで、「テスト的に3カ月くらいやってみて、お互いに話し合って今後を決めるというのはどうだろうか」という話になった。とはいっても二人で勝手に決められることではないので、上司に断ってから、人事部、人材開発部に話を持っていった。もともと人材育成の仕組みがきっちりとできている会社ではなかったが、「ともかく中長期的な人材育成をしなければ」という方針はあったので、せっかく育てた社員に辞められるよりも、「やる気ある人材を会社で活かしていく方法」としての山崎の案は、「見習い配属制度」として取り入れられた。

この案は認められ、組織的に取り組んでいくにあたって、メンターとしてかかわってきた中から生まれた案ということで社報に載せられた。メンティーの声ということで、田中も山崎がどんなに一生懸命にやってくれたかについて述べていた。このように、山崎は、メンターとしても社内に知れ渡り、社長からも「メンター第一号、ご苦労様」との言葉をもらった。山崎はこの意外な結末に嫌な気はしなかった。

メンティーにとっての嬉しい誤算

田中の嬉しい誤算のハイライトは、会社に行くのが楽しみになったことである。

自然と朝の挨拶が口から出るようになり、仕事も言われたからではなく、先のことを考えて「今やるべきことは何か」がわかるようになってきた。最近は、時間をみつけては、林の課に配属される条件として来年の4月までに習得しておくべき知識をeラーニングを利用して勉強している。

また、最終レビューで山崎が「自分にもプラスになったこと」を話してくれたときは、嬉しかった。山崎は、経験あるメンターではなかったが、真摯に自分と付き合ってくれ、自分を将来の夢に向けて歩けるようにしてくれた。田中は、自分の夢の実現に必要なコンピテンシーについて学んだだけでなく、山崎を通して「聴くこと」「励ますこと」「タイミングよく建設的なフィードバックを与えること」など、メンタリングスキルについても少しずつ学んでいた。今、田中は自分もチャンスがあればメンターになりたいと思っている。

このようにして田中の「あまりにもできない社員」のレッテルは外され、「こんなヤツのために何で自分が……」という気持ちからスタートした新米メンターの山崎は、メンタリングプロセスをハッピーエンドで何とか終えることができた。

メンタリングプロセスがいつもハッピーエンドで終わるとは限らないが、どんな結果であっても、メンター/メンティーともに必ず得るところがあったはずだ。メンタリングプロセスを受けたメンティーが、別の誰かのメンターになることができれば、社内の長期的な人材育成に貢献することにもつながる

(イラスト ナバタメ・カズタカ)