今日はいよいよ本格的にメンタリングを開始する日である。朝、出社してきた田中には、午後4時に会議室Aで、と確認しておいた。田中は、ただ「はい」と気のない返事をするだけであった。本来ならばしてもらっているメンティーの田中から「今日はよろしくお願いします」の一言があってもいいのではという気持ちもあったが、「いやいや、これもプロセス。やるべきことを自分が自ら行動で見せていくことが大事。忍耐、忍耐」と、上司からメンターの立場に自分を置き換えて田中をみるように努めた。

ステップ7 -「メンタリング計画表」を作成

事前準備として、山崎は参考資料を元に、自分用の「メンタリング計画表」とメンティー用の「自己開発計画表」を用意した。メンティー用「自己開発計画表」は、今日、田中に渡して、今日の話し合いをもとに次回までに書き入れるように指示するつもりである。

ステップ8 - 質問リストを作成

山崎は、昨日の電車の中での気づきを思い出して「今日はともかく田中に話させる」ことにし、上記の表を元に質問リストを作成した。Yes/Noの回答が出るような質問ではなく、田中が考えて、自分の言葉で答えなければならないような質問を用意した。

「質問リスト」を作成することは、山崎のように、メンター、コーチの経験のないマネージャーにとって大変重要なことである。「質問リスト」を準備しておくことで初回でもかなりの成果が出る。人は、経験があればあるほど、その経験について「教えたい、話したい」という気持ちが強くなる。ましてや田中のような若手の社員が相手の場合、「教えるほうが早い」という気持ちも入り、いつのまにか一方的に話をしてしまうことがよくある。年齢、肩書きとは関係なく、「聴く」ことは知識経験のある人ほど、大きなチャレンジである。慣れてくると、質問リストがなくても、相手の話を聴きながら適切な質問ができるようになるが、それまでは面倒でも質問リストを作成することが大事である。

質問例

  1. 田中との信頼関係(上司部下とは違う信頼関係)を築き、田中のやる気を醸成するための質問
    • 趣味、興味、田中の家族、出身地について
    • どんな夢をもっているのか、幸せに感じるのはどんなときか
    • 自分の人生にとって何が一番大事だと思うか
    • キャリアと自分の一番大事なことはどう結びついているのか
    • 10年後にやりたい仕事は何か
    • 1年後にやりたい仕事は何か
    • 自分の夢の実現に必要なものとして長期的にはどのようなサポートが必要か、また今すぐ必要なサポートはどんなことが考えられるか
    • 田中の夢の実現のために、山崎が今、具体的にできることは何か
  2. 10カ月のメンタリング期間での田中のゴール達成につながる質問
    • 10カ月後の達成ゴールを何にするか
    • 何のためにこれを達成したいのか
    • これを達成するのに大きなチャレンジ、問題となるのは何か
    • これを達成するのに必要なこと、サポートは何か
    • 達成したかどうかをどのようにして判断するのか

ステップ9 - メンタリングスキルの応用

午後4時に会議室に入ると、意外にも田中はすでに中で待っていた。メンタリングスキルのひとつに、「ちょっとした小さなことでも、いいところを見つけたら褒めてあげることが大事」を思い出した山崎は、テーブルに着くと「きっちりと時間を厳守してくれた」ことに感謝をした。もともとあまり褒めることが上手ではないので、口に出して礼を言う行為に少し気恥ずかしさもあったが、「これも練習」と思ってやってみた。

山崎にとって「時間厳守」はあたりまえのことであるが、自分が考えている「あたりまえ」が、田中のような社員にとっては「あたりまえでない」ことがよくある。「これができてあたりまえ」という自分の経験則での思い込みは、「できないこと」に対して苛立ち、失望感につながるので要注意である。「あら探し」ではなく、「いいところ探し」にエネルギーを注ぎ、気がついたら必ず本人に知らせてあげるようにすることが大事である。田中のように「ともかくできない社員」というレッテルが貼られている社員の「いいところ探し」はなかなか難しいが、自分が認められていると感じると、人は少しずつ前向きになっていくと信じて、行動に移すことが肝心である。

デキない社員のあら探しは誰にでもできる。あえて「いいところ探し」をすることがメンターとしての腕の見せどころ。どんな小さなポイントでもいいから、とにかく気づいたら(心から)ほめてあげることから始めよう

(イラスト ナバタメ・カズタカ)