前回までの流れ

チームリーダーとして日々忙しく仕事をしている山崎の下に、新入社員の田中が配属されてきた。山崎は上司から、仕事を教えるだけでなく、メンターとして田中を育てるように言われている。ところが、この田中が想像を超える"デキなさっぷり"を発揮しており、メンターとしての経験がない山崎は、苦い日々を送っていた。メンターとしてメンティーに向き合うには、まず自分のビジョンを明確にしなければならないことに気づいた山崎は、試行錯誤を経て、なんとかメンターとしての第1歩を踏み出したが…

ステップ4: メンターとして、メンティーにどうかかわるか

「自分のビジョン造り」の過程をともかく経た山崎が次に取り組まなければならないのは、田中とどうこれから接していくかである。メンターとして接することと、今までの上司先輩として接することとどう違うのだろうか。

メンタリングでは、10カ月間、1年間というように「メンタリング期間」を決めて行うか、とくに期間を決めずに行うか、さまざまなやり方が考えられる。このシナリオにある田中のような社員の場合、「メンタリング期間」を決めて行うほうが効果的である。それは、田中自身のコミットメントが期間を定められることによって違ってくるからである。メンタリングのプロセスは時間がかかるもので、メンターが時間とエネルギーに対してコミットしなければいけないと同時に、メンティーである田中もコミットすることが大事である。

また、山崎のほうも最初はやる気があっても日常の仕事に追われ、だんだんと目先の仕事が第一になり、田中の育成に時間とエネルギーをかけることは二の次になる。山崎が超多忙な人間であるとわかっていればいるほど、田中から質問をしてくることは少ないだろうから、田中から質問があれば対応するという形のメンタリングはあまり効を成さない。ましてや、「自律的、自主的な行動がとれる社員像」からはほど遠い田中が、山崎に対する遠慮云々という前に、自ら進んで自分が成長するために質問してくるということはまず考えられない。

そこで、山崎は、田中とミーティングを持つ前に自分の中でメンタリングの期間を10カ月として、「この期間中このような形でコミットメントをする」というような大まかなフレームワークを作ることにした。

「メンタリング期間」についてのコミットメント

  • 最初の1カ月(約4回)
    • 最初のミーティング…2時間かけて田中と一緒にこの1年のプラン(プランの例は後記)を話し合う
    • 1対1のミーティングを1 - 2週間に一度、少なくとも30分
  • 次の3カ月(約5回)
    • 1対1のミーティングを2 - 3週間に一度、少なくとも30分
    • 対面でできない場合は電話でする
    • 3カ月後に中間レビューをする(レビューの例は後記)
  • 次の5カ月(約5回)
    • 1対1のミーティングを月に一度、少なくとも30分
    • 6カ月後に2回目の中間レビューをする
  • 最後の月(1回)
    • 最後のミーティング…2時間かけて田中と一緒に最終レビュー(レビューの例は後記)をし、次のステップを話し合う。必要であれば、そのレビュー結果を山崎の上司に提出する。

この「田中とのかかわり方に関するフレームワークを作る」という過程を通して、山崎はいくつかのことに気づいた。

1つめは「メンタリング期間」を決めてきっちりと終了するには、自分自身、田中のコミットメントも大事であるが、同時に、上司あるいは組織のコミットメントも大事ということである。

上記の場合、通算して計15回のミーティングを持ち、約20時間をこのメンタリングプロセスにコミットするということである。「中長期的な育成」にコミットするということは、この10カ月、メンターもメンティーも自分の大事な忙しい時間を20時間もコミットする覚悟がいる。また同時にこの期間中、山崎の上司は「山崎と田中がこれだけの時間とエネルギーをかけることが必要で、その20時間は他の仕事にはまわせない」ということを認識し、他の仕事とのバランスを考慮し、仕事の優先度付けに関してサポートするコミットメントがいる。

2つめは「中長期に育成する」こととメンタリングの関係は、会社も上司もわかっていなかったことである。

山崎は、「中長期的に社員を育てましょう」という掛け声は大きいが、現実にそれをするのに何が必要なのかを考えずに、「メンターとして育成してくれ」と言った上司のいい加減さに気づくと、上司への腹立たしさが噴出そうとしてきた。しかし、「いやいや、もう自分でコミットしたことだから、今さら誰を恨んでもしかたがない。ともかく「今やるべきことは何か?」に注力することにした。

3つめ、「ともかく今やるべきことは何か?」に自分をシフトした山崎は、「上がわかっていないのに、いくら上からのサポートを待っていても無駄」ということにも気づいた。

会社が、「メンタリングとは?」ということについてわからずに、「メンター」とか中長期的育成とかいう言葉を流行り言葉のように使っていることに気づいた山崎は、自分の置かれている立場の重要性と危険性を察知した。すなわち、メンタリングということについて、会社に自分の経験を共有していくことで、会社に価値を創造できる重要な立場にいることと、自分ひとりでコミットして頑張っても空回りし、エネルギーを消耗してしまう危険性である。

上司、組織のサポートと理解を得ておかないと、計画だけで終わってしまい、部下の育成に結局成果を出さなかったという非難だけが自分のところにきてしまう可能性が高い。自分の動き方しだいで、価値にもなるし無駄にもなるということである。このことに気づいた山崎は、改めて「自分自身のコミットメントとは?」「田中のコミットメントとは?」「上司、組織のコミットメントとは?」を考え、田中との最初のミーティングの前に、上からの理解とサポートも取っておくことにした。

そして最後に気づいたのは、「できない田中を部下にもった」ことが「自分自身の成長のチャンス」につながっていることである。

上司から言われたときは、「何で自分が?」と思って始めたのだが、やり始めるとけっこう、自分自身の"気づき"が増えているのだ。経験のなかった仕事なので、一人の学習者という立場でスタートした経緯もあり、オープンな気持ちでやるべきことをやっていくと、今まで見えなかったものが見えたり、思ってもいなかったことに気づいたりしているのである。自分への危機感を察知し、「価値」にするか「無駄」にするかは「自分自身の行動」しだいだと感じ取ったことは、山崎にとって大きな成長であった。

自分が田中をメンタリングという過程で育成して得ている知識と経験は、田中と自分の成長だけではなく、ひいては、会社への知的財産にもつながるのだと考え始めると、なんだか自分が大きなことをやり始めているように感じる。「嫌々やり始めた」のに、現時点で「自分の使命感」につながり始めていることが、我ながら不思議に感じている山崎である。

"忙しいオーラ"を全面に出している上司に対して、些細な質問をすることはさすがに気が引けるもの。メンタリングが"業務"であるなら、ほかの仕事をさしおいてもそれにコミットすべきであり、会社もそれを全面的にサポートする体制を取っている必要がある

(イラスト ナバタメ・カズタカ)