仕事の優先順位付けは誰もができることじゃない
山下は、リーダーシップについて関心を示し始めた佐々木に、「リーダーシップ」という言葉は使わないようにして話を続けた。「リーダーシップ」という言葉は、気をつけないと、「強いものが引っ張る」というイメージで使う人が多いからである。
山下: たとえば加賀さんが、--この例に相当するかどうかはわかりませんが-- 若くしてある程度の役職をもらったものの、ちゃんと育成に時間を割いてもらってないので、仕事の優先度の付け方がよくわからず、効果的な仕事の仕方がわからないまま、仕事に忙殺されている若手のマネージャだとします。これはよく耳にするケースですね。先ほどのお話では、加賀さんは相当な量の書類の山に埋もれて、下を向いて仕事をされていたとのことでしたが、「かなり書類が溜まっているようだね。明日までに必要なこととして、お客様の立場に立って一番大事なことと関係している書類を選んでみたらどうかな。お客様に迷惑をかけないようにするには、今日はどの書類をすべきかということだけに集中し、後は明日また、取り組むようにしたらどうだろう」という言い方で、優先順位の設定を手伝うことができます。
佐々木: こんなこと、仕事をしていれば言われなくても、自分でわかるもんじゃないですかね。
山下: ご経験の長い佐々木さんからすればそうなんですが、優先順位を付けるというのは結構難しいものなんですよ。効率的に仕事ができないので、仕事が溜まってくると、それでパニックしてしまって、ひどいストレス状態に落ち込んでしまう方もいます。こんなときに、上司の一言が大いに左右しますね。
佐々木: なるほど。こんなときに、私がやっていたように、仕事を急かせるようなことばかりを言っていたのでは、効果につながらないということですね。「対話を通して部下を育成する」というのは忍耐がいること、と思たほうがよさそうですね。
山下: 「部下のやる気、成長」に佐々木さんはご関心がおありのようですから、次のセッションのときに、これについて話し合いたいと思いますがよろしいでしょうか? また、私たちのコーチングセッションは次が最終になりますので、佐々木さんのほうでも今後について何か話し合っておきたい話題があれば、考えておいていただけますか?
このようにして、山下は、佐々木の行動計画のフォローをするための電話によるコーチングを終えた。
山下は、最後のコーチングセッションの準備にかかった。最後のコーチングセッションで大事なのは、長期的な達成目標を一緒に作成することである。すでに、今までのコーチングセッションで、「パワハラ」に自分で気づき、その後、「上司として、してはいけないこと」に注力する過程を通ってきた。現在佐々木は、「上司として、今(3カ月間)すべきこと」の段階にいる。すなわち、「ネガティブな行動」から「ポジティブな行動」に意識をシフトしたのである。次は、「上司として、今後(3カ月後から3年間)すべきこと」の段階である。
リーダーシップ再考 - 高圧的であることがリーダーシップではない
山下は、この長期的な達成目標の設定には、「強い者が引っ張る」という昔の考え方と違う新しい「リーダーシップ」について、佐々木が意識し始めることが大事であると考えている。山下が佐々木に望んでいるリーダーシップは、「社員が最適な状況で自分の能力を発揮し、成長することをサポートをする」というリーダーシップである。「権力、肩書き、力」を使わなくても、部下がついていきたいと思うようなリーダーとなるにはどうすべきかということを佐々木に意識してほしいと願っている。いつまでも佐々木が古い考え方でリーダーシップをとらえている限り、パワハラ上司から脱却することは難しい。
新しいリーダーシップで基本となるのは、「信頼関係を大事にする」「お互いを尊重する」「オープンである」「正直である」という人間としてごくあたりまえのことである。しかし、いったん地位、権力を得ると、このごくあたりまえのことをしなくなる傾向がある。ごくあたりまえのことが自分の習慣として実践できているかどうかは、たとえば、会社が苦境にあるときに「いいニュースだけでなく悪いニュースも伝えることのできる勇気」、自分が間違ったことをしたと気づいたときに「自分の間違いを認める勇気」、自分の知らないことがあったときに「自分がわからないことを認め、部下や周りに助けを求める勇気」があるかどうかでわかる。
今の段階では、佐々木はまだ、精神的に傷つけた部下達に対して、謝罪をするという行動をとっていない。この行動を山下のほうからやるようにと言ったとしても、本人から「謝りたい」という本当の気持ちがない限り、言葉だけで終わってしまい、効はない。佐々木が「謝罪する」というのは、部下たちにとっても、佐々木にとっても精神的に大事な行動である。しかしこれには、佐々木が人から言われたからやるというのではなく、自ら「部下の前で自分の間違いを認め、謝りたい」という気持ちが必要である。これには、部下の前で謝るなんて行為をしたことのない佐々木にとっては、大きな勇気が必要である。この勇気が、上記で述べたリーダーシップである。だからこそ、山下は、リーダーシップについて佐々木と話し合いたかったのだ。
セクハラのコーチングの場合は、このようにリーダーシップ育成と関連付けることはあまりないが、パワハラのコーチングの場合は、ほとんどが上に立つ人達を相手にするので、「リーダーとして今後どう成長すべきか」というところまで触れることは大事である。
旧い世代には、いまだにリーダーシップを「強い牽引力」だと思っている人々が多い。部下にはいろいろなタイプがいることを理解し、自分の弱い部分も含めてオープンにしていくことで、自然に部下が付いてくる…それが現在求められているリーダーシップである。そこにパワハラが入り込む余地はない |
(イラスト ナバタメ・カズタカ)