山下は、佐々木の今日の実践報告に対して、次のように言葉を続けた。
山下: 吉田さんに対して、「さん」付けされたこと、そして、ちょっとした労をねぎらう言葉をかけられたことは、素晴らしいですね。「ありがとう」とか、「ご苦労さん」とか、ちょっとした言葉をかけ続けてみてください。きっと、吉田さんの態度が変わってくると思いますよ。結果を焦らないことです。人が変わることを期待せずに、自分が変わっていることを意識することのほうが大事です。自分が変われば、自然にまわりも変わってくると思います。
佐々木: そんなものですかね。まあ、うちの犬も私の気持ちの動きをよくつかんでいて、私の態度で犬の態度も変わりますからね。犬と人間を一緒にしちゃいけませんが…
山下: 先ほど、佐々木さんは、加賀さんに対して「失敗だった」とおっしゃいましたが、私は「席を立って加賀さんのところまで行かれたこと」自体が成功につながる大きなことだったと思います。上段から下を見回すのと、実際に自分から足を運んで部下の方々の様子を見回るのとでは、佐々木さん自身が得る情報もかなり違ってきますが、部下の方々との信頼関係にも大きく左右すると思います。米国のHewlett-Packardでは、創立者が残した大事なリーダーシップのひとつとして「ブラブラ歩き回る」があります。上に行けば行くほど、ひとりひとりの社員との接触は少なくなります。したがって、マネージャたちは、あえて職場を歩き回って声をかけるように心がけることが必要で、このようにして社員との距離を縮め、信頼関係構築に役立ていたそうです。
佐々木さんが経験されたように、対話は「さあ、対話をしよう」と言ってできるものではありません。ですから、佐々木さんがなさったように、足を運んで声をかけるとか、何も言わなくても目で挨拶をするとかが大事ですね。このようなちょっとしたことが、対話へのきっかけとなります。
佐々木: そう言ってもらえると、私も安心です。加賀の反応からでは、何か自分が馬鹿なことをやっているように思ってしまったものですから。でも、どうやれば、もう少し、話を続けることができるのでしょうかね。
山下: 次に加賀さんに声をかけられるときは、加賀さんが答えざるをえないような質問を意識してされたらどうでしょうか?
佐々木: 加賀が答えざるをえないような質問とは、どういうことですか?
山下: 質問をなさるときに、たとえば「どうですか?」とか「いかがですか?」とかいう言葉をお使いになると、質問が曖昧なので、答える側も、曖昧にも、具体的にも、長くも、短くも答えることができます。でも、「この書類は、いつまでに提出するものですか?」とか、「この書類に関わっているのは、誰と誰ですか?」とかいうように、英語のwhat、who、which、whenにあたるような具体的な疑問詞を使って質問されると、相手も具体的に答えざるを得ないので、話を続けやすいですね。また、このようなときには、相手が、「はい」「いいえ」で終わってしまうような質問もあまり効果がありませんから、気をつけるほうがいいと思います。
佐々木: なるほどね。質問のしかたなんて考えたこともありませんでしたが、確かに、質問のしようによって相手の答え方も変わってくるようですね。でも、考えてから質問するなんて、とても不自然で、それで対話になるものなのでしょうか。
山下: 確かにとても不自然ですよね。でも、佐々木さん、一度なさってみてください。私も、最初試みたときは慣れていないことをするのでとても不自然な感じがしたのですが、不思議にだんだんと「不自然」が「自然」になっていくものなんですよ。佐々木さんが「対話」がとても大事であるとおっしゃっていましたように、優れたリーダーと世界的に認められているトップの方々も「対話」の重要性を強調されています。「対話」が「社員との信頼関係」「イノベーション」「社員の留保率」「優秀な社員の確保」ということと大きく影響していることが、長年の専門家の研究結果として立証されてきたこともあるのですが、優れたリーダーと呼ばれる方々は体験的にも確信されて、日常実行されています。ですから、佐々木さんが「対話の重要性」をかなり考慮され、行動計画を作られたことは、素晴らしいことだと感心していたんです。
佐々木: いや、そんな褒められるほどのことでもないですよ。誰でも思いつくことを計画に入れただけですよ。ところで、このようなリーダーの人達も、やはり、「質問のしかた」に気をつけているんですか?
山下: そうなんです。どのような質問をすることで、「社員のやる気につなげるか?」とか「社員の成長につながるか?」「社員の思っていることをつかめるか?」とか…
佐々木: ちょっと、待ってください。「社員のやる気、成長」と「質問のしかた」がどう関係してくるんですか? ちょっと、ピンとこないですね。
佐々木は、山下と話をしながら、だんだんと「リーダーシップ」ということに関心を示し始めた。山下も、佐々木の興味の変化を嬉しく観察していた。「パワハラ上司」に関するコーチングは、ただ単に、パワハラをやっていたことに気づかせ、やったことに対して罪滅ぼしをさせ、やらないように指導することではない。「ボス」から「リーダー」へと成長するよう導くのも大事な仕事である。
上から目線で「対話をしよう」とたたみかけられても、部下は困惑するだけである。Yes/Noで答えられる質問ではなく、相手の言葉を引き出す具体的な問いかけをすることが、リーダーには求められる |
(イラスト ナバタメ・カズタカ)