山下は、佐々木が話した事実に対して、共通理解しているかどうかの確認をする段階に入った。
山下: 前回、部下の加賀さんのことについてお話をしてくださったとき、加賀さんがうつ病になられたことに対して、ご自分に原因があるということをおっしゃっていました。いちおう、そのお話を私なりにまとめてみたのですが、確認していただけますか?
- 佐々木さんの加賀さんに対する期待をきっちりと伝えずに、加賀さんがわかってくれているものと思い込んでいた
- 仕事の仕方について、加賀さんには説明をせずにやらせ続けた
- 加賀さんには残業をさせたりするなど、普通の人以上の仕事を与え続けた
- 無断欠勤をしたときに、皆の前で怒鳴った
- 無断欠勤の罰として、皆の嫌がる仕事を与えた
- 無断欠勤の理由については、わからずじまいにしていた
- 加賀さんは今まで、無断欠勤などしたことがなかった
- 加賀さんは入社してから1年は言われたことは何でもやるというまじめな社員であった
- 無断欠勤の後、突然に「病気で会社に行けない」と電話で連絡することが多くなった
- そのうちに、「うつ病」という医者の診断書と一緒に長期休暇の申し出があった
- 加賀さんは今は、会社には出勤しているが、いまだに短い休みをとることが多い
山下がまとめた内容に対して、佐々木は、「そうですね。自分の知らないうちに過度なプレッシャーを与えていたんでしょうね。最近は、このようなことで訴えられるケースもあるんでしょうね…」と深刻な顔をして質問をしてきた。山下ははっきりと「その通りです」と、ことの大変さを佐々木に伝えてから、「でも佐々木さんの場合は、この時点で気づかれ、何とかしようというお気持ちになられたことが何よりです」と、佐々木の気持ちを将来に向けるように励ました。
山下は、時を逃さず、さっそく、佐々木のこれからの具体的な行動を一緒に明確化していく段階に移った。
山下: では、これから、ご一緒に、加賀さんに対して今後どのように対応していけばいいのかについて話し合っていきたいと思いますが、よろしいでしょうか?
佐々木: ええ、お願いします。もう遅すぎるかもしれませんがね。
山下: いいえ、決して遅すぎるなんてことはないですよ。遅すぎると思ってやらないでおくより、気づかれたときに、やれることをやっていくことが何よりも大事だと思います。佐々木さんご自身は、加賀さんに明日からできることとして、どんなことを考えられますか? これならできるということがありますか?
佐々木: ええ、先日もお話しましたように、加賀にもっと話しかけるようにしようと思います。社内には相談室のようなものがしくみとしてありますが、利用しにくい状況にあるので、加賀のようにうつ病になる前にチェックできるのは、上司である私だと思います。まあ、チェックといっても、専門家ではないので、診断のようなことではなく、何気ない話をしながら、部下がどのような状況であるかを判断し、必要であればサポートするという感じですかね。
山下: そうですね。対話というのは軽視されがちですが、おっしゃるように部下の様子を知るには大事なことですよね。話をされないと、サポートがいるかどうかの判断もできませんからね。
佐々木: 皆忙しいですからね。対話なんてする暇がないと思い込んでいます。でも、部下の様子を知らないと、結局は顧客に迷惑をかけてしまうというような状況が起こってから気づく、ということになりかねないですからね。
山下: そのほかにこれから、ご自分でやっていこう、気をつけようと思われていることがおありですか?
佐々木: 人前で大声で怒鳴ることはやめようと思います。やはり、大人が相手ですから、理由が何であれ、人前で怒ることは避けるべきでしょうね。
山下: 無断欠勤のように相手が悪い場合もあると思いますが、その場合はどう対応されますか?
佐々木: 人前ではなく、ちゃんと個人に注意はするつもりです。やはり、改めなければいけないことは、きっちりと伝えて、向上してもらわなければ職場全体にもいい影響を与えないので。でも、頭ごなしに怒鳴るのではなく、ゆっくりと本人から理由を聞くように努めたいと思っています。だからこそ、ふだんからもっと対話の機会を増やすようにと考えています。
山下: おっしゃる通りだと思います。ふだんから対話をされていらっしゃると、加賀さんも無断欠勤なんて行動をとる前に、何かお話をされていたかもわかりませんものね。
佐々木: 今は、昔のように、仕事が終わってから「おい、一杯つきあえ」なんてことも簡単に言えない時代になったようですね。
山下: そうですね。相手の気持ちを無視し、相手が苦痛になることを強いることが、難しくなりましたね。相手によって、同じことでも「楽しい」と思われる人と、「苦痛」と思われる人がありますから、そこが難しいところですね。
佐々木: 相手の気持ちばかりを思って、こちらが常に下手に出なければいけないようで、嫌な時代になりましたね。
山下: 相手の気持ちを尊重することは大事ですが、こちらが下手に出る必要はないと思いますよ。相手に自分の気持ちをきっちりと伝えることも大事だと思います。だからこそ、佐々木さんのおっしゃる対話がとても大切な役割を果たすのでしょうね。
(イラスト ナバタメ・カズタカ)