努力したからといって必ずしも報われるワケじゃない
高木が林の部署に入ってから6カ月が経った。林と高木の関係は必ずしも理想的な関係ではない。林はこの6カ月間、何とか良い関係を築こうと、慣れない敬語を使うことに努力したり、コーチングセッションをとっている友人にアドバイスしてもらいながら、良かれと思うことをあれやこれやと試したりもしてきた。にもかかわらず、関係は一歩前進したかと思うと、二歩後退ということの繰り返しである。「本当に今まで自分が払ってきた犠牲は、効を奏しているのだろうか?」と努力することに疑問を持ち始めている。
努力すればするほど、犠牲を払った代償として「高木が自分の思っているような部下に変わり、自分の思っているような理想的な上司と部下の関係になるはず」という無意識の期待が出てくるのは、人間として当然である。しかしここで危険なのは、林がいまだに「高木を変えることができる」「高木を変えることで理想的な関係ができる」と思い込んでいる点である。すなわち「高木を変えることができるかどうか」で、自分のマネージャとしての力量が試されていると勝手に思い込んでいることである。
若くしてマネージャとなり、自信満々で今もエリートコースを走り続けている林と、これから働き盛りという40代になったばかりのときに、会社の都合でリストラに遭い、退職させられ、挙句の果てに年下の上司の下で働くことになった高木では、両者のバックグラウンドがあまりに違い過ぎることを思い出す必要がある。これだけ違う人間が一緒に働くことになった場合は「高木との関係が自分の思い通りにならなくても当然」と覚悟しておくほうが無難である。ましてや「高木を変えよう」というような思いは、自分の思い上がりとして認め、「高木という人物をそのまま受け入れる」努力をするほうが大事であることに気づくべきである。
6カ月経った今も、林が高木との関係に苛立っているのは、「自分の思い通りに」高木が変わっていないからである。高木がどのように変わったかで、自分の努力を評価しようとしているからである。これをやり続けているといつまでたっても、成果がないように見え、結局馬鹿馬鹿しくなって努力をしなくなってしまう。だが、自分にとって大事だと思う人間関係においては、目に見えても見えなくても努力し続けることが大切である。今の段階で林がすべきことは、「高木をどう変えたか」ではなく、「年上の部下を持った上司として自分がどう変わったか」に気づくことである。
「理想の上司と部下の関係」を期待する前に
以下、「年上の部下を持った上司として自分がどう変わったか」を知るための大事な点を下記にまとめてみた。
- 敬語を使っているかどうか
- 誰にでも丁寧に接しているか
- 「肩書き、地位」で部下に対して偉そうに振る舞っていないか
- 誰にでも公平であるか
- 自分のあるがままを認めているかどうか
- 自分のいいところも悪いところも、高所に立ってみつめることができているか
- 部下のあるがままを認め、部下の強みを生かそうとしているか
- 部下の粗探しではなく、いいところを探そうとしているか
- 自分の気づいたことを部下に伝えるときに、フィードバックの基本ルール(前向きな意見3つか4つに対して、建設的な意見1つか2つ)を実行しているか
- 部下が向上すべき点について、一方的に指摘するのではなく、創造性を働かせて部下が自ら学ぼうという気持ちになるような工夫しているか
- 部下にきっちりと礼をいい、感謝の意を表しているか
- 部下の貢献したことに対して、本人に礼をいうだけでなく、グループ、組織でもそのことが認められるような工夫をしているか
- チームワーク精神を醸成しているか
- 「自分は何でも知っている」という態度で話すのではなく、部下に自分の知らないことを質問をしたり、相談したりしているか
- チームのミッションという共通目標に向かって、年齢に関係なく部下達がお互いに学び合って、協力しあえるような環境作りに努力しているか
- 年上だから、中途採用だからという部分で、部下に疎外感を与えていないか
- 部下の役割、責任について自分が期待していることを明確に伝えているか
- 感情的に接していないか
- 部下の話に耳を傾けることができているか
- 部下が感情的になっているときに、自分を高所に置き、状況を冷静に見ようとしているか
- 互いの損得ではなく、共通の目的に軌道修正し、必要な質問をするようにしているかどうか
上記の項目で1つでも自分にあてはまるとすれば、自分が努力しているということであり、「年上の部下を持った上司として自分が変わっている」証拠である。部下が自分のことを慕ってくれなくても、上司としての自分の力量を責める必要はない。人間関係にはいくら頑張っても相性というものがあるので、合わない人とは合わないものである。年上の部下に対しては、無理に昔ながらのウェットな人間関係を作ることに固執するよりも、部下の持ち味をどう生かし、それをグループ、組織としての成果につなげ、部下の貢献をどのようにグループ、組織で認めていくか、ということに努力するほうが大事である。「部下を変える」ことにより、自分が思っている「理想的な上司と部下の関係を築く」なんて、まず期待しないほうがいい。それよりも、上記でまとめてある点について、部下の反応に振り回されることなく上司として努力し続ける姿勢が、自分自身、そして引いては部下の成長につながるのではないだろうか。
(この項おわり)
「飲みに行って腹を割って話せばわかりあえる」なんてのはただの幻想。そういうウエットな関係に頼るよりも、「合わないヤツとは合わない」と割り切ってドライに振る舞うほうがお互いラク。もっとも、本当ならここまで合わないスタッフどうしが同じ部署にいるのは、ちょっと危険なのだが… |
(イラスト ナバタメ・カズタカ)