前回まで

外資系ソフトウェア企業の課長職にある林には、高木という中途で入った年上の部下がいる。あまりにも自分とはバックグラウンドが違う高木に対し、最初は辟易していた林だが、コーチングスキルを活用し、敬語を使う、感謝の気持ちを伝える、など態度を軟化させ、高木のほうもしだいに林を認めるようになってきた。最近では比較的良好な上司/部下の関係を築きつつあるように見えていたのだが…

こんな資料を顧客に出せるわけないだろ!

今年合併したフランス企業の新しい技術を使ったソフトウェアの販売戦略が、アメリカのトップから林のもとへ届いた。パワーポイントでまとめられてはいるが、すべて英語のままである。林は、さっそく高木を含めた3人のグループリーダーにこのドキュメントを流しておいた。

高木は、3日前のグループリーダーミーティング以来、この新しい技術についていろいろと自分なりに勉強しているようである。林は、顧客先には、顧客対応が上手な高木に一緒に行ってもらうことにした。高木が新しい技術面についての知識を今以上に習得してくれさえすれば、顧客対応に関してある程度任せることは、高木の強みを生かすいい機会だと考えたからである。そこで林は、顧客先にもっていくプレゼン資料を1週間後の月曜日までに用意しておくよう、高木に頼んだ。

1週間後、高木はプレゼン資料を林に提出した。林は、その資料を見て、アメリカのトップからの戦略、ビジネスモデルが反映されていないことなど、いくつかの問題点をみつけた。とくに、ビジネスモデルに整合していないことは、契約時になって大きな問題になるので、これはきっちりと理解してももらわなければならない。

自分が思ったとおりに他人は動いてくれない

問題は、どのようにして高木に話すか、である。以前であれば頭ごなしに間違いを指摘していた林だが、今は高木の立場を考えることができるようになり、ともかくこれについて会議室で2人だけで話し合うことにした。ただし、話をするときに、最初から間違いや問題点に触れると高木のプライドを傷つけ、反抗的な態度を取られるかもしれないので、「どのようにすれば高木が聴く耳をもって、間違いを正すようなアクションに移すようになるのか」ということに注力したコーチングを考えてみた。その結果、次のようにしてみることにした。

  1. まず、プレゼン資料を期日までに準備してくれたことに対して礼を言う
  2. プレゼン資料のいい点について気がついたことをいくつか指摘する
  3. 2番についての高木の意見を聴く
  4. 間違いと問題点を指摘し、建設的な意見をいう
  5. 4番についての高木の意見を聴く
  6. 間違いを正して、プレゼン資料を修正させる

このときに、前向きなフィードバック3に対して建設的なフィードバック2の割合を保つように気をつけた。これだけ準備すればうまくいくだろうと、林は会議に臨んだ。

林は、会議室に入って自分が計画したように、高木に話し始めた。高木は最初は黙ったままだったが、林がプレゼン資料のいい点について具体的に指摘しはじめると、さすがにまんざらでもない顔をし、「そうですか」とか相槌をうちはじめ、自分の意見を訊かれたときは、少し得意げに自分の今までの経験を入れて話をするまでになっていた。

林は機を逃さず、問題点に移り高木の間違いを指摘した。すると、高木は、ダンマリの姿勢に戻り、林が高木の意見を求めると、「自分のやったことのどこに問題があるのかわからない」と居直ったように挑戦的になってきた。林は、自分がこんなに真剣に準備して話をしてやっているのにと思うと、高木の態度に腹が立ち、「高木さんは、トップからの戦略をちゃんとお読みになったのですか?」「ビジネスモデルをちゃんと理解されていますか?」と居丈高な言い方になっていた。

林がせっかく心準備をして臨んだ会議ではあったが、自分が思っていたようには話は進んでいない。次回は、なぜこのコーチングがうまく進まなかったのかについて考察してみたい。

いくら上司とはいえ、年下の人間からダメ出しをされるのは納得いかないものである。そうはいっても大事な顧客に不出来な資料をもっていくわけにはいかない。部下のプライドと顧客の信頼と…どちらも大事にするのはなかなか難しい

(イラスト ナバタメ・カズタカ)