新技術を投入した新製品に関する会議
林の会社は、去年買収したフランスの会社の技術を使って開発した製品を日本でも2カ月後に展開していくことになっている。今日、林は、高木を含めた3人のグループリーダーと一緒に、その新製品と新しいサービスの展開のしかたについて会議をもつ予定だ。各リーダーは今日の話し合いの結果を後で自分の部下にわかりやすく説明することになっている。
昨日、チームワークを効果的なコラボレーションで推進するために、自分のアクションとして、「知らない/わからない」ことに対して、全部自分でやろうとせずに、チームメンバーを活用することをこの1年の自分の目標として決意した林は、さっそく今日のミーティングで3人のグループリーダーに相談できること、質問することを洗い出し、リストを作成しておいた。この過程でそれぞれのリーダーの得意/不得意とするところも自分なりに考えておいた。
高木の弱みは「新しい技術知識」に欠けていることである。そして、強みは「日本のクライアントに関する幅広い知識とクライアント対応が上手」なことである。上司としての林のチャレンジは、この強みを生かし、弱みにどう対応するか、だ。林は「新しい技術知識」については、自分の専門とも強く関係していたので問題はなく、高木以外の他のリーダーたちもこの方面には強い。しかし、高木はグループリーダーとして今後部下を指揮する上で、また、クライアントと話をしていく上でも、今以上の知識を身につけておいてもらわねばならない。かと言って、「これについて勉強しておいてください」で済む話でもないのは、林もようやくわかってきた。「今から教えます」風になると、高木の神経を逆撫でし、反感を買うだけで、せっかくきちんと説明したとしても効果が薄い。
会議をロールプレーイングゲームに見立ててみる
いろいろ考えた末、林は「新しい技術知識に疎いクライアントに理解してもらうには」ということで、各リーダーにそれぞれの得意とするところから発表してもらうように議題を次のように考案してみた。
議題
- 今日の会の目的
- 「新製品」展開に関するロードマップ
- a. 説明: 林
- 「新しい技術知識に疎いクライエント」に新しい製品とサービスの説明
- a. クライアントへの説明担当: 北野
- b. クライアント役: 須賀
- 「新しい技術知識に疎いクライアントに新しい製品とサービスをより理解してもらうには」
- a. クライアントの立場に立った意見と質問: 高木
- 「新しい技術知識に疎いクライアントに新しい製品とサービスをより理解してもらうための課題と対応策」
- アクションアイテム
ミーティングが始まるのは午後3時だが、15分前にいつもとは違う姿勢でミーティングに臨もうとしている林は、次のことを自分に言い聞かせた。
- 誰にでも丁寧に話すこと
- 感謝することを探して、礼を言うこと
- 何でも知っている上司ぶるのをやめること
- 自分をオープンにして耳を傾けること
各リーダーが発表したあとは、必ずよかった点について具体的に言って、礼を言った。また、各リーダーが発表している間は、自分の意見をあまり言わず、ファシリテータに徹底し、3人のリーダーにできる言わせるようにし、皆が言っていることを聴くことに努めた。途中で言いたいと思うことが何度もあったが、自分を抑えて、3人の話す場をできるだけ作るようにした。3人それぞれが得意としていることを念頭において、3人に質問するようにも努めた。
高木は、自分の番になると、自分自身わからないこと、納得いかないことらを「クライアント」の立場として、忌憚なく指摘していた。最後に、林はもう一度皆に礼を言ってから、今日のまとめとして、皆から出た課題と今後の対応策に自分の意見を明確に加えて、今日の会議を終えた。
"教えられている"と感じさせずに教える!?
このような準備のしかたをして会議に臨むのは初めてであったが、結果として、高木も含めた全員参加型の会議となり、議題の裏に隠していた「技術面での高木の教育」という目的も達成できた。
高木は、この会議の後、新しい製品知識について技術的な理解ができたと同時に、いかに自分の知識が浅かったかに気付き、自分の担当クライアントに話すときに備えて、よりその知識を深めたいとオンラインで参考資料を読む気になっていた。
このように林は、「自分がメンタリングされている」と感じさせないようにうまく高木をメンタリングすることに成功したのである。
年上の部下に「教える」というのは、メンタリングの中でも大変チャレンジなスキルである。「一方的な言いっぱなし」を「教える」という捉え方もあるが、受け入れ姿勢のない人間にいくら内容のいいことを言っても、身にはならないことは誰でも知っている。"時間がない"を理由に、「言うべきことは言った」と効のないことに時間を使っているのでは、それこそ時間の無駄である。時間がかかると思っても、創造性を働かせて、相手に学ぼうという気持ちにさせるような工夫してみるのも、年上の部下を持つ上司として必要なことである。
知ったかぶりな態度は見ていてキツいが、年長者になるほど素直に「わかりません」とはいえないもの。イラっとすることも多いが、自分の度量を大きくする訓練だと割り切って、部下をうまく操縦していきたい(One man's fault is another's lesson!) |
(イラスト ナバタメ・カズタカ)