リーダーとしての自分を振り返るプロセス

高木が配属され、2カ月が経った。林にとって高木は相変わらずやりづらい部下である。林は他の会社で自分と同じような体験をしている友人「安部」と久しぶりに飲みに行き、鬱憤晴らしに高木のことを愚痴った。

阿部は会社でコーチングをしてもらっているようで、部下との関係を向上するのに「自分を知るための自己診断用質問リスト」は大変役立っていると薦めてくれたので、ためしに使ってみることにした。阿部のようにコーチにつくなんていうのは、コーチにつかなければできない人間のように見られてなんとなくしゃくだし、そうは言っても、このままでは高木との関係は悪化するだけなので、ともかく皆に知られない程度にやってみることにした。

「自分を知るための自己診断用質問I」に答えた結果、次のようなことに気がついた。まず、「年上の部下」に対して敬語を使っていないこと。そして、その理由として下記に挙げられている選択肢4つのすべてが自分にあてはまること。

A. 部下に対して敬語を使う必要がないと自分が感じているから
B. 「できない部下」に対して敬語を使う気になれないから
C. 敬語の使い方がわからないから
D. 敬語はわずらわしいもので、敬語なんてものに意味を感じていないから

それぞれの選択肢に対しての診断説明を読み始めると「いかに自分がリーダーとして未熟であるか」を指摘されているような気がする。カンに触るので飛ばし飛ばしで読もうと思ったが、選択肢すべてが自分にあてはまることが気になり、読みたくない自分を抑えて、じっくり読み直してみた。

すると、たしかに林は高木のことを自分のものさしで計り、「年ばかり食ってできない奴」と一方的に見下していたことに気付いた。大学を卒業してアメリカに留学し、帰ってから今の職場に就いたので、同じ年代の人たちのように敬語が使えないことに対してコンプレックスを感じていたことが裏返しとなって、「敬語」を馬鹿にする態度に出ていたのかもしれないと反省をしてみた。つまり、エリート意識とコンプレックスが「高木に対して敬語を使うこと」を阻害していたと気付いたのである。

また、アメリカの大学院卒業前から今の会社から誘いがあり、プロジェクトマネージャとしての職が確保されていたので、下積みの経験なく課長職に就いた。そのため、なんとなく自分は最初から、他の同僚より偉い人間のように思っていたことも確かだと気付いた。

「肩書き&地位」で偉そうに振る舞っていたのか……と思うと、高木だけではなく同僚、部下の顔が浮かんできて、恥ずかしい気持ちになってきた。しかし、同時に今まで自信満々でやってきただけに、「リーダー」として未熟な自分を認めることは自信喪失につながってかえってよくないのではという危機感も感じ、「未熟な自分」を否定しようとする気持ちも出てきた。

安部に自分の今の複雑な心境を相談してみると、「恥ずかしい気持ちになったことはリーダーとして大きな第一歩だね。僕もコーチからそう励ましてもらったよ」と、「自分を知る/自己を認める」ことでリーダーとして前進していることを確認できた。

まずは「誰にでも丁寧に話す」から始めてみる

さっそく、林は「誰にでも丁寧に話す」からスタートすることにした。高木だけではなく、部下、同僚、上司から、掃除に来てくれている人、レストランやショップの店員、すなわち職種や地位に関係なく誰にでも、である。最初は「えー?」とニヤニヤしていた部下も、林の変化には好意的であった。

肝心の高木は、横柄な口のきき方から一変した林に対して、最初は「何だコイツ、馬鹿にしているのか? 気持ち悪いな」と不気味がっていたが、「やっといて」ではなく「やっておいていただけますか」と言われると、知らないうちに「はい」「わかりました」という言葉が出るようになってきた。「やっといて」という調子で一方的に言われていたときは、ムカッとする気持ちが先に出て、返事をすることなく、書類だけもって部屋を出てしまうなんてこともあったが、話しかけられるように丁寧に言われると、返事をせずにはいられないので対話が長くなってきた。そして、だんだんと「コイツ、変わってきているな。気持ち悪いが、何か努力しているようだ」と感じはじめてきた。

林にとっては、いろんなことを一度に行動に移すのは大変なので、ともかく「誰にでも丁寧に話す」を徹底して行うことにした。人との対話が終わるたびに「今、丁寧に話せたか?」と自問し、自分の行動をチェックした。

2 - 3週間すると少しずつ周りの自分に対する態度が変化していることに気付き始めた。林はこのようにして、人を変えるということは「ああしろ、こうしろ」と支持することより、「自分が変わる」ほうが影響力が強いことに気付いてきた。

林は今まで、「自分は何でもできる、知っている」ということが「リーダー」として大切で、自信満々で人を引っ張っていくことのできる強さが「リーダー」であると思い込んでいたので、自分の「リーダー像」が少し揺るいだ感じがした。もともとチャレンジ精神旺盛の林は、高木との関係を通して「リーダー像」を探ってみることにした。半信半疑ではあったが、「自分を知るための自己診断用質問I」にまじめに答えただけで、これだけの自分の気付きにつながったので、しばらくは、この質問リストを使い自問自答し、たまには安部に相談相手になってもらいながら続けることにした。「高木のためにプライドを捨てて…」なんてことはまだできないが、できるところから手をつけるという無理のないやり方であればやろう、という気持ちがようやく出てきた。

いままで敬語を使っていなかった部下に対して敬語を使うのは、使うほうも使われるほうも最初はとまどうが、そのうち慣れる。変わりつつ年下上司を、きっと年上部下も受け入れてくれる(はず!?)

(イラスト ナバタメ・カズタカ)