今回のシナリオ

「林」は昨年課長になった32歳のエンジニア。林の会社は小さいが好業績の外資系IT企業で、今年から社員の数を増やしている。そんな中、先月から中途採用で「高木」が林の課に配属された。高木は41歳で、以前は中規模のソフトウェア会社で働いていたが、その会社は買収されてしまった。高木の所属していた課はスリム化の対象となり、高木は職を失い、今の会社に入ってきた。高木は前の会社では、林と同じ課長職についていたが、今の肩書きはグループリーダーで林の下になる。林は現在、3つのグループをマネージしている。林は、アメリカの大学院を卒業し、大手の日本の企業のお誘いを振って、成果主義の今の会社に就職したエリートである。

高木は、何かにつけて「自分は20年このようにしてきた」とか、「アメリカではそうかもしれないが、前の会社ではこうしてうまくいった」というように、過去の自分の経験を話し、林のやり方に否定的である。直接的ではないが間接的に非協力的で、林のことを上司として認めていない高木の態度に、林はムカつくことが多々あった。「何だよ、若造扱いしやがって。オレは若いけれど、オレが上司で、オレのほうが優秀なんだ」と思うと、つい言葉少なく命令調になってしまう。

高木は高木で、「アメリカ帰りの若造が偉そうに。日本の社会のことも良く知らないクセに…」と内心納得のいかないことばかりである。家族があるからしかたなく働いているが、毎日がおもしろくないことばかり。林のやり方、考え方にともかくまず反対したくなってしまう。

否定し合う関係から信頼しあえる関係を築くには

このケースを読んでおわかりのように、林と高木の間にはお互いを否定しあう関係はあっても「信頼関係」がない。この場合、林と高木の関係は単に「上司と部下」という関係だけではなく、チーム間の関係にも影響してくる。3つのチームを管轄している林にとって、1つのチームをリードする高木との信頼関係は「チームを任せる」ことができるかどうかという点でも大事である。

林の高木へのアプローチについてはいくつか考えられるが、本稿では「信頼関係」を築くことを第一に考えてみたい。期間を決めたフォーマルなプログラムとしてのアプローチではなく、職場、あるいは仕事が終わってから飲みながらというように、インフォーマルな形でコーチングスキル、メンタリングスキルを応用していくアプローチをご紹介したいと思う。

まず、シナリオをもとに二人について心理的に考察してみると、次のようにまとめられる。

林について

  • 成果第一主義が正しいと思っている
  • 能力に対してフェアでありたい
  • 年齢に関係なく、能力に対して権力的なパワーもあって当然と考えている
  • 留学した経験からプライドが高く、自分が優秀であるという思いが強い

高木について

  • 年功序列の文化を無視できない
  • 自分のことをリストラでの犠牲者だと思っている
  • 長年の経験のほうが高い学歴より大事だと思っている
  • 経験がある自分のほうが、林より優秀だと思っている
  • 反面、新しい技術的知識をもつ林に対してコンプレックスを感じている
  • "リストラで人生の裏通りを歩いている"自分に比べ、林は「若くして課長になり、会社から将来を期待され表通りをどんどんと歩いている」ように見え、嫉妬している

このような二人の心理状況を考慮した場合、林がやるべきこととしては次のようなことが考えられる。

1. まず敬語を使う

日本は文化的に、年功序列をいい意味でも悪い意味でも無視できない国であることを忘れてはならない。昨今、言葉が乱れていると言われているが、敬語は素晴らしい言葉使いであり、日本人の心理を左右するものである。外資系の会社であっても、日本語で対話をする限り、年上の人に対しては肩書きに関係なく必ず敬語を使うべきである。同じものの頼み方でも、年下の上司が「これ、やっといて」とぶっきらぼうに言うのと、「これ、やっていただけますか?」と丁寧に言うのとでは、年長者になればなるほど受け止め方が違う。

2. 自分のあるがままを認め、自分を知る

自分の言動を振り返ってみて、自分自身をまず知る必要がある(第2回第3回参照)。人を変えるということはまず自分自身を知り、自分を変えることでもある。もちろん、自分自身を振り返ってみても、見えないor気付かないことが多い。他人には見えることでも、自分には見えていないことも珍しくない。ただし、「全部見えている/見えていない」ことではなく、自分自身を振り返ることができるかどうかが大事な点である。

つまり林は「若造扱いしやがって」と反抗的な気持ちからスタートするのではなく、「たしかに自分は技術的な知識やスキルにおいては高木より優れている部分があるが、社会的にはまだ世間知らずの若造である」ことを認めることである。同時に、「高木のほうが確かに仕事面での経験も長く、社会的にもいろんな経験を積んでいる」ことを認めるべきである。

3. 謙虚な"いち学習者"を心がける

素晴らしいリーダーは、権力を使わず「自分も学んでいる」という姿勢を保っている。どんなに地位が上がっても「オレは何でも知っている」という態度で話をすることなく、「自分の知らないことを学ぼう」と人の話によく耳を傾けている。「自分が知らないこと」を恥とせず、オープンに「知らないから教えてもらおう」という姿勢でいる。林は、高木の態度にムキにならず、自分の知らないことやおかしい部分を指摘されたら、それを素直に受け止めて、「では、自分が設定したゴールをどのように達成していったらいいのか」と、相談相手になってもらうようにする。

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林も高木も自分のプライドで張り合っているところがあるが、張り合うよりも相手のプライドから出るパワーを受け止め、それを生かすほうがより強いパワーになる。林は「優秀である」という自分のプライドを取り外し、信頼関係がある程度築けるまでは、教えるよりも「教えてもらう側」に自らなる機会をできるだけ努力してみつけるようにし、相談相手として「教えてもらうこと」を増やすよう努めるほうが、結果としては、自分の成長にもつながり、同時にチームの生産性にもつながる。

マネージャとチームリーダの対立は2人の関係だけでなく、チーム間の連携にも影響してくる。年長者の部下に対しては、まずはできるだけ「相手を立てる」姿勢を見せたほうが、信頼関係を築きやすくなるのだが…

(イラスト ナバタメ・カズタカ)