前回まで

チームリーダー・山崎の下に配属された新入社員・田中は、すべてにおいて「デキない社員」の典型。会社から「メンターとして田中を育ててやってほしい」と言われた山崎は、上司として業務を指導するだけでなく、メンターとして田中の職業観や人生観にまで踏み込んだ指導をすることになった。自身が教えられた経験をもたない山根は、試行錯誤、手探り状態で、メンターの役割を懸命にこなしていく。10カ月のメンタリング期間が終わったときには、メンティーの田中、メンターの山崎の双方に、たしかな成長のあとが見られていた…

新米メンターが覚えておくべき7カ条

その1 短期的な会社への成果を目的とせず、中長期的な視野で田中の「ゴール達成」をサポートすることを貫く

山崎が行ったようなフォーマルなメンタリングは、メンティーの「ビジョン」にまで立ち入るので、メンティー自身の将来像が明確になればなるほど今の自分もわかってくるので、田中のように「ここにいるより、よそへいったほうが…」という考え方が出てきて、他の部署に移ったり、会社を辞めたりというケースも出てくる。メンターは、人の成長を支えることは、人の巣立ちを支えることでもあることを忘れてはならない。

その2 「人間は基本的に自分がやりたいと思っていることに手を貸してくれる人にはオープンになれるが、邪魔をしようとする人に対しては抵抗するものである」を忘れずに、メンティーをサポートする

これはメンタリングだけではなく、人間関係全般に言えることである。田中がメンタリングプロセスに最後まで参加したのは、山崎が自分の夢の実現を手助けしてくれる人であるという信頼関係ができていたからである。メンタリングプログラムは、会社に都合のいい人材育成が目的ではないので、メンティーの成功に手を貸すことが、会社の成功に即つながらない場合がある。

かと言って、「会社のため、組織のため」にウェイトを置きすぎると、メンティーのやる気が削がれてしまうことが多々ある。メンタリングで難しいのは、メンティーの望むことと、会社(組織)側の望むことをどう結びつけながら、メンティーの成長をサポートするかである。メンターは、「自分の成功第一ではなく、相手の成功のためにと努力しているときは、おのずと新しいアイデア、チャンスが生まれ、自然に自分の成功につながっているものである」と信じることが大事である。

その3 犠牲者意識が顔を出し始めたら、「これをやることで将来の自分にとってどのようなプラスにつながるのか」を思い出す

今自分がマイナス思考の状態であることに気付いたら、感情に流されないように、自分に「今やるべきことは?」「将来、どんなリターンがある?」といった質問をして、エネルギーをプラスにシフトする。

その4 「メンターも学習者である」という謙虚な姿勢をもつ

メンタリングプログラムは、表面的にはメンティーの「中長期的な育成」が目的ではあるが、育成を通して「メンターが成長する」ことも大きな目的である。自分自身が「教えてあげる」というように、「……してあげる」という気持ちが強いと「聴く」ことができず、犠牲者意識にはまり込みやすい。「自分も学ばせてもらっている」という謙虚な気持ちが大事である。

その5 上手に「教える」ことより、上手に「聴く」ことをまず練習する

慣れるまでは、質問リストを活用する。

その6 メンティーの粗探しはしない

向上すべき点より、長所を指摘し、褒めるようにする。向上すべき点については、タイミングをつかんでアドバイス/提案をする。

その7 メンターもメンティーも時間的なコミットメントをする

コミットメントは、最初と終わりを決めておく方がしやすい。「いつでもどうぞ」というやり方はあまり効果が出ない。

会社側への提言 - 中長期的な人材育成とは

「中長期的な育成」を目的にメンタリングプログラムを活用する場合、山崎が提案したようなキャリア形成をサポートできるようなしくみが組織内にあるかないかは、自律性のある人材育成には欠かせないものである。山崎が経験したように時間をかけて育てたメンティーが部下であった場合、自分の課を去られることは自分の課にとってはロスであるが、メンティーが自分の意思で目的をもって移ったのであれば、他の部署にとっては、「やる気ある社員」がきたのであるから、大きなプラスである。やる気があれば学習スピードも速いから、生産性はあがる。したがって、会社としては決してロスではなく、ゲインの方が大きいくらいである。

また、田中に辞められた場合であるが、「この会社で育ててもらった」という気持ちはなくなるものではなく、その思いはいつまでも持ち続ける。他の会社に移ってキャリアが上がっていったとしても、社員はこの会社についての話をする。それは、この会社は「人を育てる会社」としての企業イメージを高めることになり、ひいては企業価値の向上につながるのである。その意味では、社員の長期的な成長に投資することは、この社員が社会で成功すればするほど企業価値も上がり、「将来の企業価値」へ投資しているということに他ならない。

このように、辞められることを覚悟で人を育てるというような考え方は、企業側によほど余裕がないとできない発想かもしれないが、企業が「中長期的な育成」にコミットするということは、このようなリスクも含めてのコミットメントではないだろうか。

(この項おわり)

たとえ社員が辞めていっても、良い形で去っていったのであれば、その社員は次の職場で前の会社をほめるだろうし、その逆のケースもあり得る。真の「中長期的な人材育成」は、本人や会社の価値を上げるだけでなく、社会にとっての利益になるのだ

(イラスト ナバタメ・カズタカ)