ひとり情シスの存在
IT系のセミナーの集客には、時折、苦労することがあります。特に中小・中堅企業向けのセミナーの場合は、社内の情シススタッフが豊富には存在しないため、どうしても会社から離れることができず、参加できないという方が多くいらっしゃいます。その中には、1人しか情シススタッフがいないという理由がとても多いので、「ひとり情シス」の方の存在について深く調査することにしました。
これまで3年以上に渡り、ひとり情シスのお客様の課題を把握することに努め、ヒアリングやディスカッションを通じて、お役に立つことを目指してきました。セミナーに参加できないひとり情シスの方からは、セミナーの資料送付の依頼をいただきますが、スライドは文字が大きく書いてあるだけで、説明書類として完成しているわけではありません。そこでエピソードや役立つ情報をまとめて伝える方法はないか?と考え、「ひとり情シス」(東洋経済新報社)という本を出すことにしました。
最近、ひとり情シスを含む情シスの方たちには、今までにない変化を多くの場面で感じるようになりました。
ひとり情シスの転職率は、32%
社内のインサイドセールスからの日報を見ていると、情シスの方の異動や転職が頻繁に起きていることが報告されることが多く、人材不足を日々実感しています。昨年度の調査では、調査対象の21%の情シス担当者が異動したという衝撃の結果が報告されました。5人に1人の割合なので、とても大きな数字だと思います。
そこで、ひとり情シスに絞って現状調査をしたところ、何と32%の方がその職を離れ、社外の別の仕事に就いていることが分かりました。3人に1人が該当します。全体の転職率と比較して52%も高い数値で、情シス担当者の中でもひとり情シスの転職が群を抜いて高いことが判明しました。
社外への転職は驚愕の数字ですが、異動は社内にもあります。1つは経営幹部を目指すキャリアです。情シス担当者として経営層の近くで仕事をする機会が増え、実質的な経営参謀となるひとり情シスの方がいらっしゃいます。積極的に経営に対するITの貢献に挑戦し、経営企画や管理部門スタッフとしてのノウハウを徐々に身につけて、 ITリテラシーを持った経営スタッフを目指す方です。ひとり情シスの方で、このようなキャリアパスを持っている方は少なくありませんが、調査によれば、そのチャンスをつかんだ方々が、7.4%いらっしゃいました。
また、ひとり情シスに至る道として、さまざまな部門から急に白羽の矢が立ってアサインされるケースがあります。その方々が、元々在籍していた部署に戻ることもありますし、自身のキャリアパスを考えて、管理部門や事業部門などに異動する方も最近は目立っており、17.6%に増加しています。中には営業職になった方もいらっしゃいました。いずれにしてもITの知識を持っているので、各部門で重宝されているようです。一般論の域は出ませんが、さまざまな職種に挑戦することはとてもいいことだと思います。
ひとり情シスを目指す道
もう一つは数年前から目立ってきていますが、コンピューター会社やSIベンダーなどのITベンダーからユーザー企業に転職して、情シス担当者になるキャリアパスです。昨年だけでも、ひとり情シスの22.1%の方々が外部から転職されてきています。お客様とお話すると、ITにとても詳しく、コンピューティング環境の歴史的変遷なども面白おかしく話されたりするので、お尋ねすると大手コンピューター会社の出身で、さまざまなプロジェクトマネージメントを経験されているSEだったりします
大手ITベンダーなどでは、ある部分にはとても詳しくなりますが、全体の一部分を担当することも多いため、ひとり情シスを目指して転職する方は、いつかは、ユーザー企業において自身が主体的に関与できるような職を目指して、広範囲の知識や経験を蓄積していきます。ITベンダーなどとの渉外スキルや、組織横断的な他部門とのコミュニケーションスキルなどを持ちあわせ、人生経験も重要なので、40歳を超えている人がとても多く、物腰柔らかく、すべてにおいてハイスペックな方が多いです。
人材紹介企業の方のお話では、今までは、ひとり情シスの方が社外に転職するケースと、社外からひとり情シスに転職ケースはほぼ同数だったとのことですが、今は社外に出る人が32.4%で、入ってくる人は22.1%なので、約10%の差分があるのが実情です。ITベンダー側が忙しく、転出するタイミングが難しいということでしょうか?
ひとり情シスが会社を離れる状況
元々ひとり情シスの方は、経験や手腕を買われて、混乱しているIT環境を変革するために入社している方が多いです。確かに、入社早々自身のスキルを活かして、現状調査をスピーディーに実施し、今後の採るべきプランを迅速に策定します。コストを下げたり、管理工数を下げたり、情シスに関わる費用の透明度を明らかにしたりして、経営層に進言して信頼を得ます。そのため、プランが当初の計画より大きくなることもあります。そして、社内のIT環境を刷新するプロジェクトに着手することになり、結果、非常に運用管理しやすい状態になります。
しかし、超大手企業を除いて、毎年大規模なITプロジェクトがあるわけではありません。地味で根気を要する啓蒙活動や基本のサポートなどもあります。その段階になると、高いスキルを持つひとり情シスの方は、ぼんやりと次のキャリアを探すようになり、またそのようなスキルのある方にはスカウトも黙っていないので、最終的には自身がステップアップできそうな仕事に巡り合い、転職する道を選んだりします。
ひとり情シスの退職後のキャリアには、いくつかの流れがあります。複数のメンバーがいる情シス部門のスタッフとして転職するケースもあります。より特定分野の専門性に磨きをかけたい方などがこの道を選びます。
同時に、複数のメンバーがいる情シス部門の異動状況の調査により判明したのですが、この部門では情シスメンバーを増員することが多いので、経験者を外部から採用するケースが極端に多いということでした。その中には、ひとり情シスの方も含まれます。ひとり情シスは、やりがいは大きいものの、拘束時間が長く、やはり1人の心理的なプレッシャーなどは計り知れないので、中ではチームメンバーとしてのやりがいを求める人もいるようです。
ひとり情シスの市場価値
スキルフルでハイスペックなひとり情シス、私たちはこういった人たちを「スーパーひとり情シス」と呼ばせていただいていますが、この方々の転職市場における価値は極めて高いものがあります。ユーザー企業は、多くの情シス人材を抱えることは難しいので、なるべく1人でさまざまなスキルを持っている方が望ましく、必然的にひとり情シス経験者を中心に採用を検討します。昨今の人材不足の状況下では、ひとり情シスの方が人材紹介会社に朝9時に登録すると、午後1時にはオファーが届くという話がまことしやかにされるほど、注目されている人材のようです。
将来のCIOへの布石?
今まで在籍していた方が転職することは、どのような職場であっても一時的に混乱が起き、残された人に負荷がかかるので、できれば避けてほしい事態だと思います。転職機会の多様化などで、今後もこの傾向はますます進むと思います。その状況を想定して、混乱を最小化するような準備や、属人的な部分の見直しも並行して進めていく必要があると思います。
最近の活発化している転職状況を見ると、米国のCIOの立身出世物語を思い出します。やり手のCIOのキャリアというものは、奇想天外です。営業マンとしてキャリアをスタートさせて、事業部門内のITオペレーター、ベンチャー企業の立ち上げメンバー、大手企業の情報子会社のスタッフなどさまざまな経験を持っている人がいます。やはり、これから実現しなければならないデジタルトランスフォーメーションには中心となるIT人材が不可欠です。今起きている大航海時代とも思える、大量のIT人材の移動や、ひとり情シスがチャレンジを求めて移動する動きは、将来有能なCIOを育成、輩出するためのプロセスなのかもしれません。2025年、2030年には、「元、ひとり情シスです」と自己紹介するCIOの方が、日本、及びグローバルの至る所で活躍していることを期待します。
デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
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