この連載について
現在、デルで従業員100名以上1000名未満までの大企業、中堅企業をターゲットにしたビジネス活動を統括している清水博といいます。
普段は、中堅企業の経営層の方や情シス担当者とお話をさせていただいています。中堅企業には正式な定義はありませんが、ここでは、従業員が100名から1000名未満までの企業としています。大企業にも正確な定義がなく、中小企業基本法の「中小企業」の定義を超えるものは「大企業」とされます。そのため、100名を超える企業は、概ね全て大企業ということになります。
しかし、従業員が3万人と300人の企業はそれぞれ同じ大企業ですが、企業の課題やITのテーマは異なります。IT系のメッセージのほとんどは大手企業中心であり、IT人員の不足や社内のリテラシーに悩む中堅企業の情シス担当者の悩みとは少し異なります。そこで、対話を通じて知り得た最新の動きやトレンド、役に立つ情報や、耳に入れておいた方がいい情報などをこの連載でわかりやすく伝えていきたいと考えています。中小・中堅企業に詳しい大学教授、中小企業診断士などのシンクタンクメンバーの方々の分析も興味深いので、適宜加えていきたいと考えています。
中堅企業の情シス部門は複雑です。ひとり情シスに、1人もいないゼロ情シス、今や増加傾向の兼任型情シスで特に総務部情シスの方々、または、3人・5人・7人などの情シス部門の運営など難しい問題がありますが、参考になる情報を提供していきたいと思います。 まず、第一回目は、IT担当者の転職と、総務部が情シスを担当する記事から始めさせていただきます。
5人に1人のIT担当者の退職
デルは、従業員数100~1000人未満の日本国内の大・中堅企業を対象に「中堅企業IT投資動向調査」を実施していますが、2019年の結果には、今までにはないトレンドがありました。新たに判明したこととして、情シス担当者の転職がとても多いという事実があります。
調査対象は800社を超えますが、その21%の情シス担当者が転職したという結果でした。5人に1人という極めて高い数字だと言えます。私自身も知り合いの中で結構親しく、尊敬する情シスの方たちが、新しい挑戦として次のキャリアを求める場面に遭遇しました。みなさんも、ここ1年を振り返ってみると、意外と親しい人などの転職話を聞いて、びっくりされたことなども多かったのではないかと思います。人材不足と騒がれるその裏側では、強烈な人材採用需要があり、人材マーケットがとても活況になっています。そのため、情シス担当者の方が目指しているキャリアの仕事への転職機会も訪れているものと思います。
景気も、4年9カ月続いた「いざなぎ景気」(1965年11月~70年7月)を抜き、6年1カ月に及んだ「いざなみ景気」(2002年2月~08年2月)も超えて、戦後最長となると言われています。景気を実感しないという報道も多いですが、人材不足に関してはジワジワと感じ始めているのではないでしょうか?
2018年は、求人倍率が1.65を4カ月続けて超えました。この高い求人倍率は何年ぶりのことなのかと調べてみると、1972年以来のことでした。若い方は、ピンとこないかもしれませんが、今でもテレビで昭和史を振り返る時に必ず放映されるのが、オイルショックの場面です。昭和のお母さん達が家族のために、トイレットペーパーを奪い合うシーンを見たことがあると思います。これが1973年のことです。高度経済成長の終焉の年とも言われています。その時点まで求人倍率が戻るわけですから、もう高度経済成長のど真ん中にタイムスリップして、当時と同じ、超人手不足時代の中で人材採用活動していることと同じなのかもしれません。
総務部情シスの出現
情シス人員の退社は、会社にとっては衝撃的な出来事です。以前のように突然の退社で引き継ぎも無い転職は少なくなったとお聞きしますが、引き継ぎの期間はいずれにしても長くありません。同スペックの人材を探すにしても、 IT人材不足の市場ではそう簡単には見つかりません。噂によると、ひとり情シスの方でほぼすべてのことに対応できるフルスタックエンジニアのタイプであれば、朝9時に人材紹介会社に登録すると、午後1時にはオファーが届くと言われるほど需要サイドのニーズは強烈です。
社外からの採用が難しい場合は、空白期間にも限界がありますので、自社内の配置転換で対応するしかありません。社内の他部門から、新しい情シス担当者を調達することが一般的です。しかし今回の調査では、今までにないトレンドがいくつか判明しました。その中でも特徴的なのは、総務部の方が兼任して情シスの面倒も見る「総務部情シス」と呼ばれる方々です。
総務部の仕事は、「他の部課に属さない事項」と言われます。ベテランの総務部の方の中には、「雑用だ」「何でも屋だ」と言われていると豪快に話される方も多いです。そのため、現在でも急に起きた会社の問題は、やはり総務部に回ってきて対応を求められますが、会社としてはとても重要な仕事です。
急に兼任型情シスになった方と数多くお会いしてきましたが、実際のところ、あまり乗り気のしない気持ちで、いやいや担当者になるケースが多い上に、IT経験も無かったり知識も未熟だったりして、不安そうな表情をしていました。その後、とても苦労するケースが多かったとお聞きしています。
しかし、社内の情シスを任されるような方々なので、数年もすると、信頼され、仕事を真面目に一生懸命やるので、みるみるスキルを上げていきます。今までブラックボックスであったITコストを解明し、透明性を増し、コストを削減するなどして、社内のITに影響を与える指導的立場になっていきます。
総務部情シスの本領発揮
働き方改革関連法案が可決され、2019年4月から順次施行されていく中、多くの企業で働き方改革へのプロジェクトがスタートし、総務部への負担がさらに増してきていると各社の幹部からお聞きします。働き方改革は、特に「他の部課に属さない事項」が爆発的に増加するからです。また、各部門が密接に連携してプロジェクトを推進するので、総務部が全体の調整役も担う必要があり、さらに負荷が増えます。
ひとえに働き方改革と言っても、就業規則の変更、リモートワークの環境構築、残業規制やみなし状態での労務管理などの規則作りの他に、 IT機器のモバイル利用でのルール作りや、その利用促進の社内啓蒙活動など、とても多くの仕事が発生し、行き場のない依頼がどんどん総務部に来てしまいます。
しかもこれらの新しい仕事は、ほとんどの場合がITを活用して対応するのが常なので、総務部から情シスの仕事に異動された方に白羽の矢が立ちます。総務部の仕事の流れがわかっていて、短期間でITを経験された訳ですから、経営層や総務部メンバーの双方から話がしやすいからです。
働き方改革では、具体的な施策として労務管理のSaaSアプリケーションを検討することや、ノートPCを配布してリモートワークを支援することなどが検討されます。このような時に、総務側の知識もあり、ITの知識もあることから、新規プロジェクトにも主要メンバーとしての参画が必要になります。また投資効果の判断や、ベンダーとの交渉もこなせます。会社によっては、総務部に情シス部門を統合してITを活用した「ニュー総務部」の組織を志向する会社も少なくありません。
このような方とお会いすると、「当初、苦労していた情シスの仕事は、今は落ち着いたのですが、総務の仕事がとても増えて、しかもITを前提に考えることが多いのですごく忙しい毎日です」と話されますが、とても活き活きとして雰囲気も精悍になり、会社の中心人物の一人であることは一目瞭然だと思います。
増え続ける総務部の仕事
総務部としての長い経験を持つ数十名の責任者の方々にお会いする機会を得ましたが、いずれの方も会社の大きな期待の中、総務の仕事は増加しています。それぞれの総務部が取り組んでいるテーマの現状と、ITの関係性などについてお聞きしましたが、働き方改革や、昨年日本列島を襲った災害対策などのBCP関連の仕事が増え、今までにないエリアでのITの活用が検討されていることがわかりました。自社の総務部と比較していただきベンチマークの対象としてお役に立ていただければ幸いです。
お話をお聞きするとかなりの項目で、とても忙しい状況が垣間見られました。しかし、忙しいと言いながらも、会社の風土改革の一端を担うこともあり、ポジティブな姿勢で取り組んでいると熱く語る方が多いです。
これまでは、「総務部は何をやっているのかわからない!と言われていましたが、最近はITの知識も増え働き方改革の先頭に立つことになり、総務部も会社も雰囲気が少し変わってきています」と話され、このように全社的な動きに対応することにより、目に見える形での経営参画という点はとてもエキサイティングな状況のようです。
考え方によれば、総務部はいろいろな視点で会社の状況と今後を考え、最適なソリューションをクリエイティブに提案し、実行できる部門なのかもしれません。今まで利益を産まない組織とされていましたが、間接部門の総務部が会社のさまざまな利益の将来価値を生む時代になってきたと言えるのではないでしょうか。
デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell
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