本連載も7回目を迎え、いよいよ最終稿となった。ここまで読み進んでくれた経営者の方々が、1つでも知的財産に関して新たな認識を得たとすれば幸いである。最終回となる今回は、知的財産とITや経営を巡る新たな視点について述べ、筆を置くことにしたい。
ITと知的財産の関係で生じる新たな問題
IT(情報技術)が急速に進展する中で、100年以上の歴史を持つ知的財産分野の法律が追いついていかない現象はこれまで多く見られた。
特許法や著作権法において、インターネットの世界でのソフトウェアの流通を前提で改正が行われたのも数年前のことにすぎない。
さらにここに来て、新たな問題が生まれようとしている。それは、仮想世界と知的財産の問題である。
ロールプレイングゲームのような従来の仮想世界というのは、その管理者であるゲームメーカーが仮想世界内をコントロールしていたため、ゲームにおいて知的財産権を侵害しているケースがある場合には、管理者に責任があることが比較的明確であった。
しかし、仮想世界のインフラ(正確には土地と通貨)だけ提供し、管理者は基本的にその世界内で起きる事象を管理しないというSecond Lifeが2003年に出現した。同サービスでは、すでに1,000万人を超えるユーザーが参加しており、自分の仮想世界の分身であるアバターと言われる仮想人物を自由に操作することができる環境を実現している。
Second Lifeには企業の進出が相次いでおり、しかも現実の通貨に換金できる通貨が流通し、商業活動が営まれている。そのため、この仮想世界については、課税(米国では仮想世界の仮想通貨に課税することを検討中)、風俗、詐欺などのさまざまな法律問題が生じており、既に社会問題化しつつある。
特に、仮想世界の中でユーザーが自由に「もの」(例えば、車などの乗り物、洋服、アクセサリーなどの商品を「創作」することができ、仮想世界の中で流通するという特徴を持つ)が出現したことにより、このような創作物について、知的財産権におけるクロスボーダの問題が生じた。
特に、現実の「もの」を勝手に仮想世界に持ち込んだ場合(例えば、無断で他人の商標を自己の仮想商品に利用した場合)や、仮想の「もの」を現実の世界に勝手に持ち出した場合(例えば、無断で仮想世界での仮想商品を現実の物理的な商品として商品化した場合)、これらの「もの」をどのように扱うかについて、新たな解釈または立法の必要性が出てきたのである。
筆者はこの点について、「仮想と現実のクロスボーダ知的財産権侵害の研究」というテーマで財団法人である機械産業記念事業財団から研究助成を受け、取り組んでいるところである。
「権切れ知的財産ビジネス」の可能性について
最後に、知的財産と経営に関してこれまでほとんど論じられてこなかった新たな視点を提供したい。
知的財産と経営というのは基本的に企業が新たな知的財産を「創造」し、「保護」し、「活用」するという「知的創造サイクル」を確立するような経営スタイルを前提として議論されてきた。
しかしながら、これとは全くベクトルの異なる経営スタイルも考えうる。それは、知的財産権というもののほとんど(商標権は例外)が、一定期間独占させて投下資本を回収した後は、社会に開放し共有財産化するという趣旨から、時間という側面において「有限」である点に着目し、知的財産権が切れたものをうまく活用するという経営スタイルである。
もう少し具体的に述べれば、「ジェネリック医薬品」がその典型である。これは、新薬の知的財産権(具体的には特許権)が終了した後に発売される、同薬品のアイデアを利用した医薬品である。特許権のライセンスフィーを払う必要がなくなってから発売するため、コストが削減でき、低価格になる。
実はこのような「権切れ知的財産ビジネス」(「期限切れ」と言うこともできるが、期限を待たずに権利がなくなる場合もあるので仮にこのように命名する)は、医薬品のような特許権の分野だけでなく、著作権の分野にもある。
具体的には、映画「ローマの休日」や「シェーン」の廉価版DVDの販売で一躍有名になったいわゆる「格安DVD」がその典型である。これは著作権の存続期間が満了し、ライセンスフィーを払わなくてよくなった段階で売り出されている。
このように、「知的財産権が切れたものを活用する」という発想は、何も医薬品や映画の世界だけではないはずである。通常の家電製品として、昔のテレビのデザインや電話のデザイン、あるいは1900年代初頭の車のデザインなど、意匠権が切れた製品デザインを利用したビジネスというのも理論的には考えられる(ただし、商標や不正競争防止法には注意が必要である。実際に始める場合には必ず弁理士あるいは弁護士に相談していただききたい)。
知的財産権を取得するためには、基本的に「新しい」ものの存在を前提とするが、「旧き良き」ものでも、新たな顧客の需要を起こすのであれば、新製品を開発するための研究投資は必要ない。
また、知的財産権の侵害リスク、ロイヤルティー支払いというコストのいずれもなく、安全かつ安価に新しいビジネスを開始できる可能性があるのである。このような経営スタイルは、もちろん大企業というよりも研究開発投資に関して資金的に制約がある中小企業にとって、有用となる可能性のある経営スタイルであろう。
「経営者のための知的財産入門」というタイトルでこれまで7回に渡って連載してきたが、拙稿をここまで読み進んでいただいた経営者の方々に、少しでも参考になるところがあったとすれば幸いである。
(イラスト:牧瀬洋)