突然だが、「関数電卓」をご存知だろうか? 一部の理系出身者やエンジニア・研究者にとってはなじみ深い道具である一方、これまで一度も使用したことがない、という方も多いだろう。その名前の通り「関数」の計算ができるもので、通常の電卓よりも複雑な式、例えば累乗の計算や微分、積分、表を用いた計算などを解くことができる。

実はこの関数電卓、日本では理系大学での活用が多いが、海外のいくつかの国ではすでに中学・高校の教育現場で用いられている(日本でも一部の高専や工業高校などでは活用されている)。そして、そうしたワールドワイドの「関数電卓市場」で存在感を放っている日本企業が、「カシオ計算機」だ。

  • カシオ 関数電卓

    タイのショッピングモール内の文具店の一角。左側のケースに置いてあるのが関数電卓だ

今回、同社が力をいれる、この関数電卓事業への取り組みについて、関数電卓の生産拠点である「カシオタイ」(タイ王国 ナコンラチャシマ県)にて話を伺った。

「カシオ=教育ブランド」の認知拡大へ

「教育市場」は、一度信頼を得ると強い。顧客が毎年入れ替わるために安定した収益が見込めるほか、毎年、ある程度の生産量の予測が可能であり、過剰生産に対するリスクを減らすこともできるためだ。カシオ計算機では、その市場に電卓や電子辞書などの商品を展開しており、同社の教育製品はすでに世界100か国以上で使われているという。

そしてそのマーケットはまだ拡大の余地が大いにあるといい、同社では「カシオ=教育ブランド」というイメージを定着させていくための活動を行っている。先述した「教育現場での関数電卓の活用」の促進もその活動の1つだ。

  • カシオ 関数電卓

    カシオの教育製品は、世界100か国以上で使用されている

「カシオ=教育ブランド」という認知は徐々に広がっており、その結果、同社の教育事業は、1965年に電卓販売を開始して以降、拡大を続けてきた。2017年に、電卓(関数電卓含む)の販売台数は累計15億台を突破。関数電卓に限れば、毎年2500万台の出荷があり、これに近い数の生徒・学生がカシオの関数電卓を購入しているとのことだ。

  • カシオ 関数電卓

    1965年の電卓発売以降、徐々に出荷台数を伸ばしているカシオ計算機

関数電卓を高校や中学の教育現場に活用する、と聞くと、日本の教育からはイメージが湧きにくい。しかし、アメリカやオーストラリア、ドイツ、イギリスなど(そのほか多数)の国では、授業現場ではもちろん、入試でも電卓の使用が「当たり前」になっているとのこと。数学を学ぶ上で、計算を解く力よりも、「プロセスを理解していること」の方が重要視されているようだ。

  • カシオ 関数電卓

    関数電卓の使用状況。赤色が、中学・高校の授業や試験で使用されている国で、水色が中学・高校の授業で使用されている国で、緑色は主に大学のみで使用している国を示す。日本は緑色

出荷先に適した商品を提供したい

カシオの教育事業におけるキーワードは、「Fit the curriculum」。地域ごとのカリキュラムに合わせて製品を開発し、教師と一緒に使用方法を考え、サポートすることで、商品の普及を目指しているという。関数電卓においてはすでに世界14エリアで授業対応の専用機を展開しており、今後もさらにその規模を広げていくとしている。

関数電卓のマーケットを広げるために、まずは教育の現場に対してアプローチをかける同社の挑戦は、数学教育のアップデートとも言える。実際にその挑戦は生産拠点であるタイにおいても行われており、2017年より、タイの「Pakchong school」という学校(中高一貫校)において、関数電卓を数学教育で活用する試みが始まっている。こちらについては、別の記事で紹介する予定なので期待してお待ちいただきたい。

  • カシオ 関数電卓

    関数電卓は、販売先のカリキュラムや言語に対して個別最適化されたものが出荷されている

どっちが「ニセモノ」?

さて、このように世界での関数電卓市場に大きな存在感を示す同社であるが、そうなると同時に出てくるのが「ニセモノ」だ。新しい商品を出しても、しばらく時間が経つと、一目ではホンモノかニセモノか、素人目には見当もつかないほど、ホンモノそっくりなニセモノが市場に出回ってしまうという。現に、学生時代に関数電卓を何度も使用していた筆者でも、2つを目の前で並べられて、見分けることはできなかった。

  • カシオ 関数電卓

    片方が本物で、片方がニセモノ。目視での違いはほぼなく、見た目で判断することは難しい。これが店頭に並んでいたら、間違って買ってしまってもおかしくない

しかし、見た目はそっくりであっても、その性能には大きな違いがある。例えば、ニセモノの関数電卓ではソーラーパネルは結線されておらずにただの飾りになっていたり、定格表記と実際の電流値が変わっていたり、液晶が割れやすかったり…と、あげればきりがないほどだ。そのほかにも、規格に適用していない材料(鉛など)が使用されているものまである。

カシオの担当者は「ホンモノを買ったつもりがニセモノだった、ということはあってはならない。普段使うものこそ、安心して使える製品にしなければならない」とニセモノ対策の必要性を語る。

同社では、その対策のためにさまざまな方法をとっているわけであるが、そのうちの1つとして「よりよい製品を開発する」という方法もある。新商品を出してからニセモノが出回るまでには、多少のタイムラグが生まれる。そこで、製品のアップデートをし続ければ、ニセモノが真似するのが難しくなる、というわけだ。このような同社の取り組みのすべてが、顧客からの信頼とブランド認知の獲得につながっていることが窺える。

  • カシオ 関数電卓

    ちなみに先程の画像は、右がニセモノ。箱まで真似されているため、より見分けがつかない

さて、このように関数電卓の普及に尽力するカシオ計算機は、関数電卓の生産工場であるカシオタイにおいて、2017年より新たに「自動化ライン」を導入したという。その意図と目的とは? そして実際に導入したことによる効果とは?

カシオタイの代表取締役社長である臺場秀治氏に話を伺い、実際に工場を見学した様子は後日掲載予定。期待してお待ちいただきたい。