今回のテーマは「ダークネット」だ。
このコラムは関係ない話は半分まで、つまり半分はしていいというルールのため、遠慮なく『ダークナイト』の話をさせてもらう。
『ダークナイト』とは、映画『バットマン』シリーズの一つで、中でも特に高い人気を誇る。『ダークナイト』がおもしろい理由は、ストーリーの重厚さとか、ジョーカー役のヒース・レジャーの怪演とか色々あるのだが、やはり一番はヒロインが超死んだことだろう。
超死んだ、とは100回ぐらい死んだというわけではない(それはそれで名作になった気もする)。もう、公開から大分経っているので言ってしまうが、爆死した。
ヒロインが死ぬ映画は正直珍しくないが、どいつもこいつも口から一筋血を垂らして眠るように逝く、みたいなしゃらくさい死に方をする。耳血のひとつも出せない腰抜けばかりだ。
そんなカマトトぶったアバズレどもに、「俺の死に様とくと見とけよ」とマギー・ギレンホールが大爆死である。もちろんヒロイン自身が爆発したわけではないが(だとしたらもっと名作になっていた)すごく衝撃を受けたし、彼女がそういう死に方をしたからこそ、その後のストーリーがイキにイキたのだ。
ちなみに、私は好きな映画としてよく「ディープ・ブルー」を挙げるのだが、これもヒロインが死ぬ。それも最後の最後で、サメにムッシャムッシャいかれるのである。
つまり、映画というのはヒロインが死ねば死ぬほどコクが出るし、その死に様が衝撃的なほど良いと言える。例えば始まる前からヒロインが死ぬとわかっている難病物でも、病気ごときでヒロインを死なせるのはもったいなさすぎるので、爆発四散とか大気圏に突っ込むとかさせた方がよいのではないだろうか。
使われていないインターネット
ダークネット:インターネットで到達可能なグローバルIPアドレス空間のうち、どのネットワーク、コンピュータにも割り当てられていない未使用のアドレス群のこと。(IT用語辞典 e-Wordsより)
前回のIPアドレスの回で、ネットに繋がっている通信機器は全て固有のIPアドレスを持っていると書いたが、それらに割り当てられない(使われることがない)アドレスがダークネットと言うことである。
例えば「2319」というアドレスがダークネットだったら、そのアドレスを持っている機器は存在しないし、そのアドレスがネットにアクセスしたりデータを送受信したりすることもありえないというわけだ。
しかし、その存在しないはずの「2319」が動いているらしいのだ。ないはずのアドレスがデータを送受信する様が多数観測されているのだという。
存在しないアドレスが動いている。これだけなら、大学のリア充サークルが夏合宿の夜に話す怪談の域を出ないし、「※このリア充はスタッフ(ジェイソン)が全員殺しました」、とテロップをつければそれで解決だが、もちろんこれはオカルトの話ではない。
ダークネットは存在しないはずのアドレスなので、それを使っても普通のIPアドレスのようにそこから個人を特定することができない。そこを利用して、ハッカーなどがダークネットを使ってサイバー攻撃等を行っているのだという。
しかし、悪事を働く予定はなくとも個人なんて特定されないに越したことはないし、担当のSATUGAI予告もし放題だ。正直、私だって「2319」を使えるなら使いたいし、何故かそっちの方がしっくりくる感じがする。
ネット弁慶と匿名性
だが、どうやったらそのダークネットを使えるかなんて皆目見当がつかない。ネット犯罪を考える奴は総じて頭が良い。というか、今はマヌケが犯罪をすると大体捕まる世の中なため、頭が良くて慎重、もっと言えば真面目なタイプ以外は悪事を働かない方がいいし、頭が良くて真面目なら悪事以外で成功できると思うので、わざわざ悪いことをしなくても良いのではと思う次第である。
逆にマヌケが活躍する場はどこにもないと言えるが、それは今に始まったことではない。
すでにマヌケには無理だがそこまで頭が良くなくても完全匿名でネットを使えるソフトなどがあり、問題になっているようなので、そのうちマヌケにも使えるものが出て、さらに問題になる未来が容易に想像出来るし、それを使って担当の爆破予告をする自分の姿もぼんやりと見える。
私のようなネット弁慶が、ネット上で偉そうに持論や他者批判、特殊性癖を晒せるのはある程度匿名性があるからだ。もちろんIPアドレスから特定することはできるが、かなりの本気と労力、正当性がないと無理である。
しかし我々は、そこそこ匿名性が守られているにも関わらず、自らネット上で身分を明らかにしてしまっている時がある。自撮りのアップなんて最たるものだが、そもそも自己主張というのは個人情報なのである。だが、自己主張したいからネットをやっているのだ。そこのバランスのとり方は難しい。
ネットに触れる以上、自分の何かが流れ出る(特殊性癖など)のは致し方ないことなのだが、それを最小限に食い止めたいなら延々空しか映っていない写真をアップし続けるしかない。
しかし、その空写真からですら個人を特定してくる奴がいるのもネットの恐ろしい所である。ネットは乱世であり地獄、まずそこを理解するのが重要なのかもしれない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年2月14日(火)掲載予定です。