今回のテーマは「IPアドレス」だ。
これは「頻繁に耳にするが実はよくわかってない単語」の代表格ではないだろうか。自分の体の中にあり、使っているのは確かだが、どこにあって何をしているのかイマイチ判然としない胆嚢のようなものである。
IPアドレス:インターネットやイントラネットなどのIPネットワークに接続されたコンピュータや通信機器1台1台に割り振られた識別番号。インターネット上ではこの数値に重複があってはならないため、IPアドレスの割り当てなどの管理は各国のNIC(ネットワークインフォメーションセンター)が行っている。(IT用語辞典 e-Wordsより)
漢字で書かれているところはルビがふってないので読めないが、IPアドレスというのは胆嚢というより指紋のようなものであり、ネットにつながった通信機器一つひとつにIPアドレスがあり、同じ番号のものはないようだ。おそらく胆嚢もひとつとして同じものはないような気もするが、それで個人を識別するのはリスクが高い。
IPアドレス=個人特定という「脅し」
そう言えば最近、セクシー探求のためネットの大海原を航海していたら、ワンクリック詐欺を踏んだという話をしたと思う。まさかこの話をもう一度するとは夢にも思わなかったが、その時画面に「これがお前のIPアドレスじゃ」と何桁かの数字が表示されていた気がする。
これはどういう意味かというと、IPアドレスを特定した=お前の個人を特定したという脅しであり、お前がどんなお宝を探していたかバラされたくなかったら、法外な有料サイトの会員料を払えというわけである。
結論から言うと、IPアドレスは同じものはない個別のものだが、そこからいきなり本名や住所などが割り出せるかというと不可能だそうだ。ただ、ニフティとかビッグローブとか、使用しているプロバイダなどがわかるため、プロバイダ経由で個人を特定することはできるようだ。とはいえプロバイダとて、聞かれたからと言って誰彼かまわず簡単に個人情報を教えたりはしない。
なので、セクシー探求の最中に「お前のIPアドレス抜いたぞ」などと脅されても、ちょっとサメに噛まれたと思ってすぐ次の海へ旅立とう、そのぐらいで冒険を諦めてはいけないのだ。
それに、私にとってみれば、トラップに引っかかったことによりコラムのネタが二回もできたのだ、ワンクリック詐欺も踏んでみるものである。ついでに法外な会員料も払っていたら、もっと面白い話になっただろう。
SATUGAI予告とIPアドレス
さっきはお宝探求が目的だったのでああ言ったが、しかるべき手続きを踏み、個人情報の開示が必要な事案だと認められれば、IPアドレスから個人が特定されるということである。
例えば誹謗中傷やSATUGAI予告など、のっぴきならないことをネットに書かれた場合、まず投稿者のIPアドレスを公開するように書き込み場所の管理者に申請し、今度はIPアドレスから個人情報を公開するようにプロバイダなどに申し立て受理されれば、見事、書きこんだ人間の名前や住所がわかるというわけである。たまに「ネットでSATUGAI予告などをした奴が逮捕された」というニュースを聞くが、おそらくこういう流れで個人が特定されているのであろう。
私も1秒に10回自分の名前でエゴサーチをしている身であるから、その内私に対する誹謗中傷やSATUGAI予告を発見する日がくるかもしれない。そんな時のために申し立てができるのだと言うことを覚えておきたいところだが、それ以前に私の方が息をするように「担当殺す」とSNSに書き込んでいる。どちらかというと、申し立てられた時にどう戦うかを考えた方が有益な気がする。ちなみに今のところ「正当防衛を主張」が有力だ。担当というのは殺さなければこちらが殺されるのである。それか精神鑑定の結果無罪を狙いたい。
しかし、申し立てるにしても、どこから「これはのっぴきならない」と判断するか微妙である。「殺してやる」とわかりやすく書いてくれるなら良いが、「豆腐で死ぬまで殴る」とかだと、SATUGAI予告なのは確かだが、申し立てていいのか判断に迷う。いくら誹謗中傷だといって、一言「バカ」とか「天パ―」と書かれたからと言って(思い当たる節もある)いちいち個人を特定するわけにはいかない。
「訴訟も辞さない」というのはネットでよく使われる言い回しだが、リアル訴訟は時間も労力も金もかかる。もちろん、ネットのSATUGAI予告など大体が愉快犯だろうが、万が一書き込んだ者が有言実行の人で、夜道で木綿豆腐を持って待ち構えていたらシャレにならない。
そして、ニュースで「容疑者は逮捕前、SNSに『カレー沢を豆腐で死ぬまで殴る』と書き込んでいた」と報道されるのである。
逆に言うと、何か大それたことをしたい時はそれをネットに書くなということである。書いたことによって未然に阻止されてしまうかもしれないからだ。
つまり私が「担当殺す」と言わなくなった時、それは実行に移そうとしている時かもしれない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年2月7日(火)掲載予定です。