今回のテーマは「APT」だ。もちろん、アパホテルの略だ。
だったら「APH」ではないか、と思うかもしれないが、これまで取り上げてきたIT用語の大胆な略し方からすれば、それは誤差の範囲だろう。
APTの物々しさ
アパホテルの社長の顔がリアルに思い浮かんだところで正解を言うが、APTとは「持続的標的型攻撃」のことだ。
字面かしらしてすでに物々しい。「魑魅魍魎」ぐらい物騒だ。当ページはITコラムであるから、残念ながら「一発で相手の眉間を撃ちぬく」等の意味ではないだろう。おそらくはサイバー攻撃の一種だ。
当コラムでは色々なITワードを取り上げてきたが、よくよく読むと、隙あらば「ここではないどこかに何かを保存する技術」と「サイバー攻撃」そしてGB(ゴールデンボール)の話をしているような気がしてならない。前二つはともかく、最後の一つはこれからも執拗にねじ込んでいくので、楽しみにしていてほしい。
執拗にGBを狙うAPT
そしてこの「APT」も、すごく簡単に言うと「執拗にGBばかり狙って攻撃してくる」サイバー攻撃のことである。
APT:組織や集団が一定の意図や目的の下に行なうサイバー攻撃の一種で、特定の組織や個人を狙い、様々な手段を組み合わせて継続的に行われるもの。 (IT用語辞典 e-Wordsより)
つまり、顔とか腹とか、他に蹴るところはあるだろうに、GBキメ打ち、それも何度も何度も蹴ってくるのがAPTである。
ではこのAPT、何が目的かというと、他の攻撃とは違い「金銭的な利益や愉快犯的な動機」ではないそうだ。
わが国日本には「金のことばかり言うのは下品」という風潮が蔓延しており「見返り(金)を求めない行動」が賛美されがちだが、正直「目的が金以外にある」奴の方が怖い。なぜなら、金目的の奴は、当然ながら金を与えれば満足するからだ。
執拗にGBを蹴ってくる奴に「これで勘弁してください」と金を出したのに、「そういう問題じゃねえんだよ」と笑顔でさらに蹴ってこられたほうが、5兆倍怖い。金を失うのは当然辛いが、暴力の意図が見えないというのはそれ以上の恐怖だ。「目的が金とエロじゃない奴には近づかないほうが良い」、と故事にも書かれていたような気がしなくもない。
では、APTもそう言った目的不明の不気味な攻撃かというと、そんなことはなく、ちゃんと理由はある。APTが得ようとしているのは金ではなく、情報や機密、つまりスパイ目的が主たるものなのだ。
攻撃の手法もかなりシリアスなもので、標的のPC画面からセクシー画像がニッチもサッチもどうにも消せなくなって慌てる様を見て溜飲を下げるような、些末な仕返しが目的ではない、という「意識高めなサイバー攻撃」である。 しかし、蹴られる側からしたら蹴り方が意識高めだろうが低めだろうが、関係ない。むしろスタイリッシュに蹴られた方が痛い気がする。
もちろんスパイ行為であれば、狙うのは企業の重要な情報や国家機密であろうから、個人宅PCの「書類」と書かれたあからさまに怪しいフォルダの中を暴きに来るということはないだろう。むしろ、それを執拗に狙ってこられたら、目的が金や機密であるより、よほど怖い。
サイバー攻撃とレスリング、盛者必衰の理
ではAPTに対しどう対抗していくかと言うと、正直、サイバー攻撃とその対策というのはイタチごっこである。
話は変わるが、先のオリンピックで女子レスリングの王者・吉田沙保里選手がついに敗れてしまったが、よく考えたら当たり前のことであり、そこで敗れなかったとしてもいつかは敗れる。マジで永遠に負けなかったら「二対一をありにする」「軍隊を出動させる」等レスリングのルールの方が変わってくると思うが、実際敗れたし、新王者もいつかは敗れるだろう。スポーツの記録というのはそうやって樹立されていくものだ。
ウィルスも同じことである、絶対破られないアンチウィルスソフトが開発されたら、破ろうとする奴が絶対出てくるし、実際にいつかは破られる。そうしたら、また破られないソフトを誰かが開発するだろうし、それはネットというものがある限り永遠に続くはずである。
壁があったら必ず越えたり破ったりしようとする奴が出てくるが、そうやって人間は技術を進化させてきたといえる。仮にそう思うやつがいなかったら、今頃我々はスマホではなく、薄型の石器を持っていたかもしれない。
もしどうしてもサイバー攻撃を駆逐したいと思ったら、壁の中に閉じこもっていてもしかたないから撃って出る、という進撃の巨人方式しかないだろう。
サイバー攻撃のネタになると、いつも「ハッカーを物理で殴るしかない」という結論になるが、本当にそれ以外思いつかないのだから仕方がない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年12月20日(火)掲載予定です。