今回のテーマは「ERP」である。
このIT知的コラムも20回を超え、アルファベット数文字のIT用語の意味を自分で考えるのは、時間をドブ川に捨てるようなものだとわかったので、さっそく意味を調べていきたい。
ERP(EnterpriseResourcePlanning)とは、企業にある「ヒト・モノ・カネ」といった経営資源を統合的に管理して、経営の効率化を図ることを目的とするソフトウェアやITサービス。会計システムを中心として、生産管理、販売管理、人事システムなどが統合されている。(「ITトレンド」IT用語集より)
「ヒト・モノ・カネ」、「飲む・打つ・買う」ぐらい乱暴な言い方で好感が持てる。
つまり、今までサンドイッチ工場の社長がサンドイッチの出来を調べるのには、ピクルス班、ハム班、バター塗り班、挟む班などから個別にデータを集めなければいけなかったが、それら全ての情報が集められたデータベースを作成することにより、一目でサンドイッチの具合がわかるようになる、というわけである。
また、全ての部署の情報を共有することにより業務が「見える化」し、今までハムのことしかわからなかったハム班が、ピクルスやバターのことまで把握できるようになるというわけである。
「見える化」とピクルスの枚数
ERPは初耳であるが、この「見える化」はごく最近聞いたことがある。どこで聞いたかというと他でもない、弊社だ。(編集注:カレー沢氏は兼業作家で、日中は会社勤めをしている。詳細は本コラム第3回を参照)
なぜ、個人が自分の業務だけでなく、他部署の業務まで把握する必要があるかというと、最低人数で回している会社にありがちなことだが、その仕事はその人にしかわからないという状態になるのだ。
例えば、ピクルス班はピクルス一筋20年の42歳(厄年)の人がひとりで回していたとする。もし業務の内容が共有されない状態で、その人が身内の不幸ごとなどで急に休んだりすると、彼がピクルスを何枚乗せていたか、誰もわからないのである。2枚か3枚か、まさかの4枚、また仮に枚数がわかったとしても、並べ方がわからぬ。だが、いつもと違う製品を出荷してしまうと、会社の信用に関わる。つまり、その42歳(厄年)が休んでいる間はサンドイッチが作れないのである。
消えた有給への弔い
こういう会社に勤めている社員にとってはあるあるだろうが、有給が取れない。自分が休むと他に同じ仕事をやる人がいないため、業務に支障がでるからだ。
そのため、有給を取るという行為が、まるで放火殺人クラスの重罪であるかのような雰囲気になっている会社は多い。「有給」という言葉を発したが最後、斬首されても文句は言えぬというような状態であり、親が死んでも半休、自分が死んで初めて全休が取れる会社もあるぐらいだ。
弊社もそれにかなり近い状態なので、業務の見える化を図り、誰が休んでも、その仕事を他の誰かが出来るようにし、今まで星空に消えていった未消化の有給たちを弔おうじゃないか、という話になったのである。
私はそれを聞いたとき「めんどくせえ」と思った。
まず、どれだけ素晴らしい企業改革プランを立てても、それを実行する社員の意識が低いとどうにもならないという問題がある。確かに仕事がバラバラだと問題があるにはあるのだが、逆に言えば、その仕事だけやっていれば給料がもらえるということでもある。全ての仕事を把握すると、全ての仕事に巻き込まれていくということにもなりかねない。
それに対する見返りがあれば良いが、時給398円でパンにバターだけ塗っているバイトに、「今からきゅうりやハムも乗せられるようにして、ついでに在庫管理や出荷もやってくれ、ただし時給は変わらない」と言っても「やだよ」と言うのと一緒である。
「改革」はめんどくさい
改革の先に目に見える自らの利益(賃金の上昇など)がないと、結果的に良くなったとしても、そこに至るまでの面倒くささの方が先に立ち、「今のままでいいじゃん」となってしまうのである。仮に変えたいと言う意識があっても、すでに今の業務で忙殺されていて、その余裕がないという場合も多い。
おそらくこのコラムを読んでいる全員が、「今のままじゃダメだ」と思っていることだろう。今ダメな人間以外、これを読んでいるとは思えないからだ。
しかし「今のままじゃダメだ」と思い立ったが吉日、語学留学やインドに自分探しにいける人間は、貴族か、本当に暇かつ豊富な財力を持った一握りの人間だ。多くの人間が、仕事やほかの業務に追われ、新しいことを始める時間的余裕、気力体力財力がないのが現実である。
それどころか、今がダメなのはわかっているが、何がダメかもわからず、ブラック企業などで疲弊し、そのダメの原因を追究する気力すらなくなっている場合もある。
そうなったら、毎度おなじみ「考えるのをやめた」のカーズ様状態となり、惰性で進んでいくのだが、そのままにしているとカーズ様と違って死ぬため、この状態になっている人間がいたら、周りが止めてあげなくてはならない。
個人の改革でさえそうなのだから、会社になるとさらに難しい。やる気がある社員なら良いが、私のような給料が何年も上がらず、かつ上がる見込みがない末端まで協力的にさせるのは容易ではない。
社員のやる気を上げるために一番手っ取り早いのは飴(賃金アップ)を与えることだ。しかし、これは企業としても容易なことではないだろう。
ならば、鞭しかない。これは例えではなく、リアルに鞭を打てば大体の人間は動くのだ。
最先端の企業を目指すには、鞭を日常使いしていた時代にまで一回戻らなければいけないようだ。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年10月4日(火)掲載予定です。