今回のテーマは「ホワイトハッカー」である。
今激アツなITワードだと担当に言われたのだが、初耳である。一応日本国内に住み、毎日ネットに触れているはずなのに、全く見たことがない。一体どこでアツいワードなのだろうか。もしかしたら、今私がしている生活は鉄格子がついた何らかの施設で見ている幻覚であり、このコラムの連載も妄想のような気がしてきた。
今アツいと言うからには「ゲスの極みホワイトハッカー」のような、誰かが何かやらかした話かと思ったらそうではないらしい。だとしたら納得である、私の耳に入るはずがない。
我が国民とメディアが最高にアツくなれるのは、誰かの不祥事案件だ。それ以外の話は話題と言ってもそこまで取りざたされることもなく、むしろそういったファンキーかつモンキーな話題にかき消されるため、平素あまりニュースを見ない私には全然届かないのである。
ハッカーのイメージと正義の味方
それはともかく、ハッカーという言葉自体はネットが普及しだしたころから良く聞いている。しかし、それが何だと聞かれるとやはりボンヤリとしたイメージしかないのだが、アニメ・マンガの主人公が何か困っている時に現れ、パソコンを「カタカタカタカタッターンッ!」とやって「ん、ハッキング成功♪」とか言っているあいつのことだと思う。あいつがどいつかは知らないが、とにかくパソコンに精通している者で、何か違法なことをしているというイメージだ。
それは半分当たりであり、ハッカーというのは簡単に言えばパソコンに超詳しい者の事を指す。しかし、ハッカー=悪事を働いている奴、という意味ではないらしい。だが、「ハッカー」と聞くとどうしても、「虹色に光るグラサンをかけた、サイバー攻撃を仕掛けてくる奴」というイメージがある。そこで、そういうハッカーをグラサンごと真っ二つにする側という意味で「ホワイトハッカー」という言葉が用いられるようになったようだ。
つまり、悪いハッカーの攻撃から企業などを守るのがホワイトハッカーであり、ホワイトというのは「正義の味方」的な意味なのだろう。では何故そのホワイトハッカーが私の見ている幻覚ではない世界でホットかというと、2020年に開催される東京五輪が関係しているそうだ。
余談だが東京五輪の開催が決まったのは2013年である。つまり当時で言うと、五輪の開催は7年後の話である。開催が決まった瞬間、私はTwitterで「7年後なんて生きてるかわからない」と、熱狂に水を差すのがクールと思っているいかにも中二的なつぶやきをしていた。
それから3年経ったわけだが、残念ながらメチャ生きているし、この調子で行くと4年後も超生きていると思う。しかしその3年間何をしていたかと言うと全く記憶にない。ただ生きていただけであり、これからの4年も何も成し遂げず生きると思う。
おそらく私のみならず「7年後なんて死んでるかも」と言ってしまった人間は多いと思うが、大体恥も外聞もなく何の成長もなく生きている場合が多いと思うので、こういう発言はやめた方が良いと、先人として後世に伝えたい。
それで東京五輪にホワイトハッカーがどう関係しているかというと、このような世界的な催しが行われている国はハッカーの標的になりやすいのだという。つまり2020年に受けるサイバー攻撃を予想して、今からそれに対抗しうるホワイトハッカーを育成しているのだそうだ。
正義のハッカー、ブラックに転ず?
「正義の味方のハッカー」と言うと、本当に物語のような話である。つまり悪と戦うために特殊教育を受けたハッカーと言うわけだ。もしかしたら、右手をドリルにするなどの改造も受けるのかもしれない。あるいはホワイトハッカーの一人が、正義と信じていた国家こそが巨悪であったと知り、ブラックに転じる展開も起こりうる。普通に漫画のネタになりそうな話だが、私はパソコンの絵とか描きたくないので、この話はキーボードとかを描くのが苦じゃない方に譲る。
しかし、創作ならホワイトハッカー側から悪いハッカーに攻撃を仕掛けたり、物理的に殴りに行けたりすると思うが、現実のホワイトハッカーはおそらく防戦一方なのであろう。これははっきり言って不利な戦いである。全て想定通りの攻撃なら完璧に防げるかもしれないが、相手も相当頭が良いだろうし、虹色のグラサンをかけているので、防がれたら新しい攻撃方法でくるはずだ。
新しい攻撃で来られたら、新しい防御をしなければいけない。その新しい防御ができるまでホワイトハッカーたちはお家に帰れないだろうし、現場からは「おい早くしろ」の電話が鳴りやまないはずである。
似た例で言うと、ソシャゲなどが不具合により、何十時間もの緊急メンテに入ってしまうことがよくある。直す側は大変だと思うが、ユーザーとしては「おい早くしろ」としか思わないし、苦情を入れる者もいるだろう。それと同じことだ。
それに、ソシャゲなら「詫び石」を配ってユーザーの怒りを鎮めることができるが、ホワイトハッカーはまんじゅうを配ることぐらいしかできないだろうし、それで許してもらえるとも思えない。名前はホワイトでも、その業務は相当なブラックであることが予想される。
もしかしたら、「ホワイトハッカーが突きとめたブラックハッカーを物理的に殴りに行く班」の育成も同時に行われているのかもしれない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より2016年7月15日に発売予定。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年7月12日(火)掲載予定です。