今話題らしいIT用語を科学する知的コラム第2回、今回出されたお題は「VR」だ。

バーチャルとリアルとFX

前回も思ったが、アルファベット数文字だけを投げつけるのはやめてほしい。どうせならFとUとC、あと私のイニシャルを出してきてくれないだろうか。それなら良く知っているし、今まさに担当に言おうとしていた言葉だ。

もはや趣旨が「言ってはいけない言葉をどうやって言うか」になってしまっているが、それはこのコラムに関わらず、私が文章を書くにあたっての最大のテーマである。

しかしVを使って言ってはいけないことを言おうとすると、かなりシャレにならない単語が出てきそうになるため、ここは真面目に答えるが、VRはすでに聞いたことがある。「バーチャルリアリティ」だ。

ではそれは何か、と問われると「リアリティのあるバーチャルです」と真顔で答えるしかできない。もしくは「バーチャルFXで大儲けできたからリアルなFXに挑戦したら、ロスカットの上、追証」の略だろう、どちらかと言うと私は後者の話の方が好物である。

しかし、残念ながら「VR」はそのまんま「バーチャル(仮想)リアリティ(現実)」という意味らしい。つまり、人工的に作られた三次元仮想世界をリアルに体験できるのだ。もっと簡単に言えば、ゲームの世界に実際入りこんだかのような体験をしたり、3D化されたキャラクターとコミュニケーションをとったりすることができる技術というわけだ。

その昔、バーチャルボーイという3Dゲーム機がまさに彗星のごとく現れ消えて行ったが、あれは失敗ではなく、早すぎたのである。私もブスなのではなく、最先端すぎる顔という可能性があるので、早く世間の美意識が私に追いつけばいいと思う。

乙女ゲー愛好家・カレー沢氏が考える「VR乙女ゲー」の可能性

VR技術が、これからゲームなどのエンタメコンテンツにどんどん浸透していくであろうことは予想できる。例えば、アクションゲームの「モンスターハンター」のような仮想世界に自らが入り、本当にアイルー(猫のキャラクター)と戯れたり、アイルーと戯れたり、またはアイルーと戯れたりできるのなら、それは楽しい。(モンスターとは特に戦いたくない)

VRがアクションゲームやホラーゲームなどになじむのはわかるが、私の一番好きなジャンル「乙女ゲー」との相性はどうであろうか。むしろ乙女ゲーに使えないようであれば、「キャラを立体的にする暇があるなら声優に金をかけろ」と開発者に猛ビンタを食らわす構えである。

乙女ゲー、もっと広く言えば萌えの世界では、必ずしも「リアル」であることが重要視されるわけではない。例えば「まるで本物の人間の男と恋愛しているかのような体験ができるゲームを作りました」と言われたら、私は鈴木雅之の「違う、そうじゃない」を歌いながらリズミカルに相手を殴る。別に生身の人間の代わりとして、アニメやゲームのキャラを愛でているわけではないからだ。

他の例を挙げれば、アニメキャラの抱き枕とドライブやデートを楽しんでいるオタク界の高僧に、おせっかいな女が「かわいそうだから、今度私がデートしてあげるよ」などと言ったら、彼は「僕の彼女に失礼じゃありませんか?」と言いながら枕にキッスして見せるだろう。そういう世界なのだ。立体的なブスより平面の美少女が良いのである。

よって、萌えキャラを三次元にする場合、実写に近づけようとするのではなく、いかに二次元の良さを保ったまま三次元にするか、というある意味矛盾した技術が求められるのだ。

しかし、二次元では完璧だった造形が三次元になると違和感がでる、というのは良くあることだ。例えば大きなツインテールが魅力の美少女キャラを三次元にしたら、頭部に巨大な兵器をつけているかのようになってしまい、立体化された好きなキャラに会えて感動、というより、両手に青竜刀を持った悪漢と遭遇してしまったかのような戦慄を覚えてしまうこともあるだろう。そのため一概に二次元より三次元の方が優れているとは言えず、最初から「俺の嫁に奥行きはいらない」と思っている人も多い。

では、完璧に違和感なく三次元化されたキャラクターと恋愛できる乙女ゲーができたらどうか、と言われたら、それは乙女ゲーをどういう視点でプレイしているかによる。おそらく「VR乙女ゲー」が出たとしたら、プレイヤーはヒロインとして仮想世界に入り、そこに出てくる三次元イケメンキャラと恋愛するゲームになると思う。

だが、乙女ゲープレイヤーの中には、ヒロイン=自分と考えず、「ヒロインとイケメンキャラの恋愛を見守る役」として楽しんでいる者も一定数いるのだ。そして私は断然こちら側の人間である。

そのような乙女ゲープレイヤーを満足させる「VR乙女ゲー」というのは、仮想世界に入り、壁のシミになるゲームなのである。もちろんシミに限定しなくても良いが、とにかくヒロインとイケメンの恋愛をベストポジションで見られる位置にある無機物になりたいのだ。プレイヤーは場面に合わせ、時には壁のシミ、時には路上に吐かれたゲロ、あるいは犬のクソになりながら、二人の恋愛を見守っていくのである。これが私の求める、最強のVR乙女ゲーだ。

せっかく人間に生まれたのに、最新技術を用いてゲロやクソになるのもどうかと思うが、やはりニーズに応えてこその技術である。今後のVRの発展に大いに期待したい。


<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。直近では、猫グルメ漫画「ねこもくわない」単行本が4月28日に発売された。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2016年5月17日(火)掲載予定です。