今回から読者から募ったテーマではなく、ふたたび担当編集がひねり出してきたテーマを書くことになった。お題の募集に参加してくれた方々には感謝しかないが、どう考えてもステッカーは山ほど余っているに違いないので、第2回公募もあるかもしれない。その時は奮って応募してほしい。
さて、その初回のテーマはというと、「兼業漫画家の体力作り」である。
1ミリたりとも努力・投資しないための“裏技”
正直体力は全く作っていないし、むしろ毎日削っている。
おそらく1日100歩ぐらいしか歩いてないし、会社でのラジオ体操が唯一の運動だ。あとは、2階の仕事場から1階の冷蔵庫に行くのに、階段の上り下りを若干するが、冷蔵庫から持ってきた食い物で消費したカロリーの何百倍かを摂取するので無意味である。
こんな生活をしているので、今年1年で体重は3キロほど増加したのだが、むしろこんな生活をしている割にはあまり増えていないとすら思える。本当なら20トンぐらいになって、このコラムも全部語尾に「デブ」がついていてもおかしくないところデブ。
これでも昔は体重の増加に敏感であったし、カロリーハーフのダイエット食品を2倍食うなどの努力も怠らなかった。しかし三十を過ぎてからここ数年で「もう、いいや」と思うようになっていた。
この「もう、いいや」は女の人生を格段に楽にするのだが、はっきり言って終わりの始まりだ。今までは、太ったら痩せるために金を使っていた。だが、今度は「太っていても入る服」、さらには、「太っていても入る上に痩せて見える服」を買うのに金を使い出すのである。「もう死んでも努力しない」という固い意志と高い志を感じるのに十分な例示だと思うが、私に言わせればまだ甘い。私はもう1ミリも努力したくないし、金も使いたくないのだ。
そのため、体重増加により服のボタンやホックが閉まらなくなったなら「もう閉めなきゃいいじゃないの」と思っている。現に私は今、会社のスカートのホックを完全に外して出勤している。カーディガンで見えないし、閉めなかったからと言って、ストーンと落ちることはない。腹の肉にひっかかるからだ。むしろ落ちるようなら、知らないうちに痩せていたということである。太っているからこそできる裏技といえるだろう。
とはいえ、たまに閉めてないのがバレて、親切な人が「ホック外れてますよ!」と指摘してくれるが、そのたびに私は「外しているんだよ」と(心の中で)クールに答えるのである。
髪なども依然美容院に行くのが面倒なので伸ばしっぱなしで、白髪も増加の一途なのであるが、最近ではさらに「ハゲ」という要素が追加された。期待のニューカマーである。頭頂部がどうにも薄くなっているのだが、ここでも慌てて育毛剤を使ったり、イヴファインオーオクサマにダイヤルしたりはしない。私は嫁に行き、父の名字も家業であった塾も継がなかったのだから、せめて彼のバーコードハゲぐらいは継ごうではないか。今までできなかった親孝行をするチャンスなのでは、と前向きに考えることにした。
しかしバーコードというのはいかにも男性的なスタイルだ。ハゲたからといって、女を捨てることはない、ここはサイドを女性らしくロングヘアーのままにして「落ち武者スタイル」を楽しもうと思う。
このように、ハゲもデブもリメイクとアイデア次第で金をかけずに快適に暮らせるのだ。
カレー沢暴力、ついに“エベレストの頂上”へ
こうして、服も買わない、美容院にも行かない、運動などもってのほか。金を使うのは専ら甘いパンとペペロソチーノという、自分的にはかなり楽しい生活を送っていた。
しかし先日、この愉快なライフスタイルに苦言を呈されてしまった。
私の33歳の誕生日祝いに夫と二人で外食をしたのだが、記念日に外食するとこれを機に、と私に対して小言を言う確率が高く、例に漏れずこの日も始まってしまった。
今まで「部屋の換気をしろ」「トイレを綺麗に使え」「頭をよく洗え」という無理難題をつきつけられてきたが、記念すべき33回目の誕生日に出された課題は「鏡を見ろ」というものだ。
私もここまで来たかという、エベレストの頂上へ到達したかのような感慨深さがあった。 誤解の無いよう言っておきたいが、夫は口うるさい男ではない。むしろ私に言いたいことが2兆個あるのに、1兆9千億個は我慢している男である。それでもあと1千億個業を煮やしている部分があるが、それを1つひとつ指摘していたらキリがないので、もう自分で気づけという話なのだと思う。
確かに私は鏡を見ない。見ると1千億個ほど欠点が見つかるからだ。見えないものは存在しないと同じと思っていたが、他人からはしっかり見えていたようである。
女が「もう、いいや」と思ってしまう原因のひとつは、どれだけ努力して痩せても綺麗にしても、誰もそれに気づいてくれない、誰も自分を見ていないと感じ、誰も見ていないなら手を抜いてもいいじゃないか、と思ってしまうことにある。
しかし結論から言うと、私の例のように身なりは「割と見られている」のである。身内にでさえ「目に余る」と言われるのだが、他人から見たら「関わってはいけない人」クラスである可能性が高い。
それに、良くなったところは見ていなくても、悪いところはよく目につくものなのである。また、「綺麗になっても誰も見てくれない」と思っていたのは、実際のところ「全然綺麗になっていなかっただけ」なのだろう。
私も夫からの指摘で反省し、出社する前には鏡を見て、今まで4個中2個ぐらいしか閉まっていなかったベストのボタンを全部閉めるようにしている。だが、スカートのホックは依然として外れている。
次の目標はスカートのホックが閉まるようにすることなので、体力作りもかねて、部屋から冷蔵庫への往復回数を増やしてみようと思う。
<作者プロフィール>
カレー沢暴力
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。10月15日にエッセイ「負ける技術」文庫版を発売した。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は12月29日(火)掲載予定です。