今回のテーマは「嗜好品」だ。読者から応募のあったテーマで、「甘いパン、ペペロソチーノなど既出ですが、酒タバコ菓子なんかへの愛もお聞きしたい」、とのことである。
現在私は、タバコはやらないし、酒はそんなに飲まない方である。タバコに至っては幼少期からその臭いが苦手であり、小学2年の時、「極度のヘビースモーカーだった担任の体臭を嗅いだだけでゲロを吐いた」というレジェンドを持つほどだったため、吸ってみようという発想にさえ至らなかった。
酒と破滅と女と血肉
酒に関しては、飲み会などで少し飲むぐらいで、家では飲まない。しかし、二十代前半のころ、なぜか「破滅」というものに憧れ、自分も一発破滅してやろうと思い、昼間から酒をたくさん飲んだ時期があった(普通、こうした中二病的な衝動は中高生ぐらいで通る道であり、二十歳すぎたら黒歴史になっている)。車がないと外出もままならない地方に住んでいるため、昼に酒を飲むと、もうその日は一日中家から出られなくなる。どれだけ正体不明に泥酔しても「酒を飲んだら車に乗っちゃダメ」と思っているあたりもともと破滅に向いてない気がするが、当時は一日中引きこもりながら「破滅って地味だな」と思ったものである。
実際のところ「破滅が地味」なのではなく、「地味な奴が破滅しようとするとダイナミズムに欠ける」だけであり、同じ「破滅」というゴールを目指すにしても、単身大気圏に突っ込んで大爆発と共に破滅する奴もいれば、人知れず海の藻屑になっている奴もいるのだ。自分などは完全に後者であり、二十歳そこそこで庭石の裏のコケみたいになりかけたため、「このままでは破滅するな」と思い、無理な酒はやめた。
味に関しても、酒よりはジュースの方が美味いと思う、特にコーラは太古の昔より聖水と呼ばれ、ご神体(ピザポテト)に捧げる供物として珍重された。それらはピザポテ党の巫女である私が舞を奉納した後、巫女の血肉(主に肉)になるのであるが、この舞で打ち鳴らすのは、太ももでならなければならない。素人は腹肉を叩きがちだが、プロなら「真にどうにもならないのは腹より太ももの肉」だと理解していて当たり前だからである。まかり間違って腹肉など叩こうものなら、たちまちピザポテ神の怒りに触れ、聖水はダイエットコーラなる腰抜けとしか言いようのない物になり、その力を失うのである。
やはり酒を飲む時は、味というより、酒を飲むことで得られる高揚感を目当てに飲んでいるような気がする。しかしこの高揚感というのが曲者で、「いつもは人見知りだが、酒を飲むと愉快な人間になれる」という理由から、アルコール依存症になってしまう人も少なくないらしい。その点私は「酒を飲んでもおもしろくない」という盤石のつまらなさを誇っているので、酒に依存するまでには至らなかった、何をやってもおもしろくなくて本当に良かった。
「ペペロソチーノ自由形」
酒やたばこに語るようなこだわりはないが、食べ物にはある。すでに冒頭で読者に言われてしまっているが、今熱いのはペペロソチーノだ(正確にはペペロンチーノだが、本稿では特に理由もなくペペロソとする)。
この1年ぐらい、本当に毎日かという勢いでペペロソチーノを食べている。と言っても、評判のお店を食べ歩きしているというわけではない。家でパスタを茹で、市販のソースをかけて食べているだけだ。そもそも、外食というものをほとんどしない。メニューを選び、注文を店員に伝えるという一大事業に時間を要するため、料理が出てくるまでに餓死する恐れがあるというのが一番の理由だが、基本的に物を食べる時は一人がいい。物を食う時は自由で救われていなければいけないのだ。
ペペロソチーノ自由形という競技において、人目というのは邪魔でしかない。前にも書いた通り、自室にこもり、イスの上に立膝をつき、箸とパソコンのマウスを交互に操りながら、金に困っている人のブログなどを鑑賞しつつ食べるのだ。これには外国人審査員も「オー!ヤマトナデクソ!」と称賛の声を上げること請け合い、金メダル間違いなしである。
私の食い方の汚さを延々説明しても読者の食欲がなくなるだけだし、ペペロソチーノそのものの評価が下がる恐れがあるので、ここは私のおススメペペロソについて説明したい。
まず、麺は安くて太い物が良い。喉に詰まりやすくよく窒息しかけるため、「生」を実感できるからだ。パスタソースは160円二食入りぐらいの物を勧める。これ以下になるとソースが液状から粉状になることが多く、食感がざらざらになり、ニンニクなどのトッピングも格段にしょぼくなる。160円の物も下から二番目ぐらいの価格だが、個人的にはペペロソチーノソースは高ければ美味いというわけではないと思う。
昔、何かいいことがあった時(覚えていないが、誕生日か何かだったのだろう)に、「たまには奮発しよう」と、一食300円ぐらいの、海鮮仕立てペペロソソースを購入した。単純計算して、160円の物の約二倍はうまいはずと思ったのだが、一口食べて思った。「俺のペペロソにオーシャンはいらない」と。ペペロソチーノは結局シンプルイズベストであり、オリーブオイルに申し訳程度のニンニクチップと鷹の爪、彩り以外に何の用途もないカラカラのバジルがあればいいのだ。
もっと言えば、油まみれの麺を口に詰め込み喉に詰まらせ、「生きてる!」と叫べればそれでいい。私の部屋の床がなぜ中華料理屋のようにベトついているかだんだんわかってきたが、それでも私はペペロソをやめない。
最近、「生が実感できない」という人は、自分好みの「喉に詰まりやすいが、死ぬまではいかない食べ物」を見つけてみてはどうだろうか。
<作者プロフィール>
カレー沢暴力
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。10月15日にエッセイ「負ける技術」文庫版を発売した。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は12月1日(火)昼掲載予定です。