今回のテーマは、「兼業漫画家からの、漫画家志望者へのアドバイス」である。

前のコラムにも書いたが、私は同業者とあまり関わりたくないと思っている。現時点で売れている作家なら当然ねたむし、出会った時はそうでもなかった作家がその後売れたら、「あの時利き腕を折っておけばこんなことには」と一生後悔するからだ。まだ会ったこともない作家のサクセス情報なら一日下痢嘔吐に苦しむ程度で済むので、あえて面識を作る必要はないと考えるのは当然だろう。

だが、それ以上に関わりたくないのは漫画家志望の人間(以下、漫画家志望者とする)だ。

カレー沢氏が漫画家志望と断固として交流しない理由

漫画家志望者に会うと、おそらく私のアドバイスなど1ミリも欲しいと思っていないだろうに、「どうやったら漫画家になれますか」などと社交辞令的に聞いてくるのだ。こちらも、相手がまだ漫画家になっていないことに油断して、「漫画家になるのは大変だよー。まあなってからの方が大変なんだけどね(笑)」と、ついついアドバイス風の苦労自慢をしてしまったりする。

しかし、そう答えた相手がその後漫画家になって、デビュー作から大ヒットを飛ばしでもしたら、「あの時、今すぐ投稿作を燃やして公務員を目指せとアドバイスしておけば…」などと、一生後悔するはめになるのだ。漫画の世界のみならず、先輩風を吹かした相手がやすやすと自分を超えるというのはきついことなのである。

私がどれだけ忙しくてもアシスタントを雇わないのも、アシスタントというのは漫画家志望者が多いため、自分のところへ手伝いに来た人間が、その後成功したら嫌だからである。もしそうなったら、「あの時、私の部屋から一生出さなければ良かった」と後悔しなければならない。よって、どうしてもアシスタントを使わなければいけなくなった場合は、漁師とか、漫画とは全然関係ない分野の人間を連れてこようと思う。もちろん、作画能力などなくていい。背景に極太サインペンでサバの絵とかを好きに描いてくれれば、それで構わない。

そのぐらい漫画家志望とは関わりたくない。砂漠で遭難している時、向かいから漫画家志望者と、エナメルのホットパンツにサスペンダーのオッサンがやってきたとしたら、迷わずオッサンに助けを求める。漫画家志望に関わると、その後「あの時砂漠で死んでいれば良かった」と思うような目に遭うからだ。

兼業漫画家が絞り出した志望者へのアドバイス

しかし、今回は先月行ったお題募集キャンペーン経由で、「兼業漫画家から、漫画家志望へのアドバイス」というテーマが来てしまった。

だが、どうせアドバイスを求めるなら、「兼業」漫画家より「専業」漫画家に聞いたほうが良くないだろうか。社会人としての心構えを聞きたいなら、バイトをふたつかけもちしているフリーターより正社員に聞いた方が良いのと同じだ。それに、アドバイスというのは基本的に成功者に聞くものではないだろうか。明らかに成功していない人間に「成功の秘訣は?」と聞いても、答えの代わりにパンチが返ってくるだけだろう。

確かに、成功するために失敗談を聞くことも大切だ。しかし、それは「なんで失敗したかわかっている奴」に聞かなければ意味がない。私など、「失敗した」ことはわかっているが、「何で失敗したか」についてはいまだにわかっていないので、どうしたらいいかもわからないままなのである。仮に家が全焼してしまったとして、その原因は「自分が室内でたき火をしたこと」ではなく、「消防車が来るのが遅かったから」だと思っている奴は、また家を全焼させるに決まっているのである。

もしかして、「自分も兼業漫画家になりたい」という人へのアドバイスが欲しいという話なのかもしれないが、だとしたら最初から志が低すぎやしないかと思う。もうその時点でサクセスの臭いがしない。とはいえ、漫画家として成功したいなら保険は捨てて漫画に専念しろと言うのも無責任である。「バンジージャンプをするのにヒモをつけるなんて、ただの甘え」と言っているようなものだ。それで激突死しても、飛んだ人間が自分の手でヒモを外したのなら、誰も責任をとりはしない。

サクセスにはハングリー精神が必要とは言うが、電気、水を止められ、しょうゆをかけたティッシュを噛んでいる状態で人を楽しませる漫画が描けるかというと、おそらく描けないと思う。だから私は、漫画家を目指すなら、「漫画がダメでもなんとかなる保険を持つこと」、もしくは「石油王になってから漫画家を目指すこと」を推奨している。

こうアドバイスした相手が本当に石油王になった上に漫画家になって成功したら、「いっそあの時息の根を止めておけば良かった」と思うだろう。だが、そういう人は私が何も言わなくても、石油王兼漫画家になるものである。

ここまで色々と(主に漫画家志望者と関わり合いになりたくないという意志について)語ってきたが、実際に漫画家や仕事関係者が集う場にいくことはほぼない。というか、意図的に避けている。そのため、漫画家志望者に遭うことはほぼないのだが、もしどうしても漫画家志望者に何か言わなければいけなくなったら、「君は漫画家になれる、そして売れる」と言おうと思う。

こう言っておけば、本当に売れたら「予想通り」と己を納得させることができるし、漫画家になることができなかったり、なったけど売れなかったりしたら、単純に「やったー!」と喜ぶことが可能となるからだ。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。10月15日にエッセイ「負ける技術」文庫版を発売した。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は11月3日(火)昼掲載予定です。