今回のテーマは「作業中の飲み物」についてである。
兼業漫画家にとっての「神の雫」
基本的には水を飲んでいる。もちろん、ミネラルウォーターなどというしゃらくさい物は飲んでいない。まじりっ気なし100%の水道水だ。
冬はストレート。夏はそのままだとぬるいので、これまた同じ水道水で作った氷でロックとシャレこむ。原料が同じなだけに、実に親和性が高い仕上がりとなっている。私にとっての神の雫だ。
なぜ水道水を飲むのかというと、まず蛇口をひねれば出てくる、というところが大きい。やれ自動販売機だのコンビニだのにわざわざ出向いて飲料を買い求めていては、その間に干からびて死ぬおそれがある。人間の体は6~7割が水分なのだ。水分補給は常に一刻を争い、一秒の遅れが死を招く。もちろん自宅で麦茶を作るなどもってのほかであり、作っている間に確実に手遅れになるに決まっている。
このように平日は大体水道水を飲んでいるが、休日は趣向を変える。休日と言っても会社が休みなだけであり、逆に言えば「長時間原稿を描く日」である。長丁場を耐え抜くための飲み物を摂取せねばならない。
まず、一番多く飲むのがコーヒーだ。コーヒーが好きかと言われたら、正直そんなに好きではなく、ただ苦いと思う。しかし、ここでミルクココアなどを淹れてしまったら「甘~い!うま~い!もう一杯!」とか言って3秒で飲み干すに決まっている。あくまで作業中の飲み物だ、まんじりと減らないぐらいでちょうどいい。
コーヒーを飲むのは、もちろんその眠気覚まし機能に期待しているからだ。あまりに期待しすぎて、村上春樹が言うところの「新聞紙を煮たようなコーヒー」を作ってしまうほどだ。とにかく濃すぎてコーヒーなのになぜかトロみがついている、もはやコーヒーというよりドブと形容していい一品である。
日曜の朝から一日中ドブをすすりながら漫画を描く姿はスタイリッシュさの欠片もないので、もっとスマートにコーヒーの粉だけ食べる、もしくは淹れたてのコーヒーを頭からロックに浴びるなどの検討が必要である。現代の漫画家の仕事風景はもっとクールでなくてはいけないのだ。
エナジードリンクのクールな"効能"
現代と言えば、「エナジードリンク」もここ数年で台頭してきた飲み物だろう。コンビニに行けば、レッドブルを筆頭にたくさんのエナジードリンクが置かれている。昔からあるオロナミンCやリアルゴールドに似ているが、それよりは割高なので、おそらく成分も高いのだろう。
私も、このエナジードリンクの類をたまに飲む。どういう時に飲むかと言うと、ここが山場とか、もうひと踏ん張りしたい時などではない。「忙しい自分がカッコ良くて仕方がない時」だ。
日本には「忙しい自慢」という文化がある。「寝てない」「休みがない」などをさも自分が有能であるがゆえのことのように、自慢げに言うことだ。漫画を描く人間にもこの文化はあり、それがいわゆる「修羅場自慢」である。
昨今の「修羅場自慢」はTwitterを使って行われることが多く、「締め切りまであと…3日!」、「白紙があと10Pもある」などとつぶやいたり、「原稿をやれ」と言うbotの発言をリツイートした後「ひえええええ!」などとポストしてしまったりする行為を指す。
Twitterをしている時点で忙しくないだろうと思われるかもしれないが、「修羅場自慢」をする人(私も含む)は、本当に忙しくはあるのだと思う。ただ、どうせ忙しいなら、このオレの忙しい雄姿を見てくれという気にもなってしまい、その誘惑にはなかなか勝てないものだ。よって、SNSをやっていながら原稿の進捗には一切触れず、もちろん「修羅場自慢」をすることもなく、延々と食った飯など別の話をしている作家業の人を私は尊敬する。
ともかく、「忙しい自慢」をするのに、エナジードリンクは最適のアイテムなのである。ただ「忙しい」と言うのではなく、「今日レッドブル3本目…」とコメントすると、かなりの忙しさが演出できる。ソークールだ。
また、エナジードリンクの長所は飲みやすいところだ。ほとんどの物がジュースと変わらない味をしている。本当に本気を出したいなら、もっと高価な栄養ドリンクを飲めばいいのだが、あの手の物は高値になるほどまずいので飲みたくない。その点、レッドブルはジュースを飲むだけで「俺頑張っている感」が出せるので最高なのである。
だが、それでも満足できないほど自意識がスパークした場合は「こんなまずいものを飲んで頑張る俺」という臥薪嘗胆ムードを出すために、ユンケルや眠眠打破を投入する時もある。そうした時はもちろん、飲んだユンケルの写真つきでツイートする。
ちなみに、エナジードリンクにしろ栄養ドリンクにしろ、それらの効果自体については良くわかっていない。とにかく自分のテンションが上がって、みんなに自分のガンバリを見せられればそれでいい。あとは、ちょっとイエローが濃い目の尿を出すためだとでも思っている。
自分がエナジードリンクなどを飲む目的は上述したようなことだが、みんながみんなそうと言うわけではないし、実際に頑張っている人が飲んでいる場合もある。しかし、やっぱりそんなに頑張ってない奴も多く飲んでいるのがエナジードリンクと言う物であろう。だからこそ、それらを飲んでいる人を見ると、「頑張っているアピールに精が出ますな!」と肩を叩きたくなってしまうのだ。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は9月22日(火)昼掲載予定です。