先日(8月22日)、性懲りもなく4回目のサイン会を行った。ちなみに今回の定員は100人である。

サイン会は楽しい

「コミュ障を公言しているのに何故サイン会をやるのか」ということは、以前サイン会についてのコラムで書いたが、要約してしまえば「やれば何か楽しいことが起こる気がする」という浅はかさ5億%の気持ちから「やりましょう」となるのだ。

実際、サイン会が楽しいか楽しくないかと言われたら、楽しい。出す本出す本てんで売れない小生だが、これだけ大勢の人が貴重な時間をドブに捨てて来てくれたというだけで嬉しい。しかも開催日は夏まっさかり。花火や海へ行くなど、他にやることがあるはずだ。おそらく多くの人が「夏の過ち」カテゴリとして私のサイン会に来たのだろうが、岩場で行きずりの異性と関係を持つよりは、よくわからん漫画家のサインが家にある方がまだ健全だと思う。

とにかく人が来てくれればそれだけで「自分もまだ捨てたものではないかもしれない」と思えるのだ。逆に、誰も来なかったら「もう終わりだ」となるのである。

前のサイン会は人が来たのに、今回は来ないというのが一番キツイ。言ってしまえば「はじまってもないのにオワコン」だ。なので、サイン会を前にして精神が不安定になると、「サイン会 人来ない」などでググる。サイン会に大失敗した先人の偉業を見て勇気をもらおうとするのである。

しかし困ったことに、これがなかなか出てこない。つまり、サイン会を催した人はみんな成功しているということなのだろう、と余計プレッシャーがかかる。たまに、芸人などが「サイン会に人来ませんでした」と、閑散とした会場や落ち込む本人の写真などをネットに上げている。人が来なかったのは事実かもしれないが、来ないなら来ないでそれで笑いを取ろうとしているのがわかるし、むしろおいしいと思っているかもしれない。

だが、私が人のいない会場に佇む姿は、決して笑いに昇華できない「THE・不幸」だ。それを自撮りしてネットに上げても、見た人の運気が下がるだけだろう。サイン会のたびに、人が全然来なかったらそれをネタにしようと思ってはいるが、実際にそうなったらおそらく耐えることは難しく、完全になかったことにしようとするだろう。そして、そのことに触れようとする奴の口をまつり縫いにする妖怪として余生をすごすのだ。やはり苦境を笑いにするには、強靭な精神力がいるということなのである。

カレー沢氏のサイン会にリピーターが生まれる理由

結果から言うと、今回のサイン会も定員割れすることなく行うことができた。来てくださった方には、この場を借りてお礼を言いたい。サイン会自体はこれで4回目、もはや余裕と言いたいところだが、毎度サイン会の直前は初体験であるかのように緊張するし、今回は 始まる寸前まで担当に「今まで人が来なかったサイン会ってありましたか?」と尋ねるなど、ギリギリまで他人の失敗サイン会情報で安心しようとする体たらくであった。

今までの私のサイン会は、サインやイラストを描くのが速すぎて、予定の時間より巻いてしまうことが多かった。今回はもう少し丁寧に描こうと心掛けた結果、50人を終えて30分の時間押しに成功した。つまり、何をするにもちょうどよくできないのである。

参加してくれた100人の中には「今回初めて来た」という人も多かったが、リピーターの人も数多くいる。これで私のサインは10枚目だという猛者もいたので「10枚で5000円キャッシュバックします、ただしサインは没収です」と持ちかけてみたが、取引は成立しなかった。私も5000円が惜しかったのでちょうど良かった。

仮にこれがアイドルの握手会なら、アイドルの顔は何度見てもカワイイだろうし、握手だって何度でもしたいだろう。しかし、私の顔は何度見てもシケている。それにもかかわらず、何回も私のサイン会に来るメリットとは何なのか。純粋に私を応援しに来てくれると考えたいが、逆に怖いし得体が知れなさすぎるので、何とか他の理由を探したい。

そこで気づいたのだが、どうやら私のサイン会に来た者同士で交流が生まれているようなのである。確かに、待合室でも人の輪ができていた。つまり、私のサイン会がちょっとしたオフ会の会場になっているのだ。

毎回一人は嫁や彼女の遣いで私が何者かもわからないままサインをもらいに来ている男性も混ざってはいるものの、その場に集うのは、少なくとも私の漫画を読んだことがある人が過半数である。趣味が似通っている人間が集まっていると考えていいので、話もしやすいのだろう。確かに、そういう愛好家同士の交流の場と考えれば毎回参加する意義はある。

もちろん、全員がそうして交流しているわけではなく、一人で来て一人で並んで一人で待ち、一人でサインをもらって、楽しそうな輪を横目にダッシュで帰っている人だって絶対いるのだ。そして、私はどう考えてもそちらの人間である。事実、待合室の輪を見るたびに「俺はこの輪には入れない」と呪詛のごとく思った、というか若干呪った。

そしてサイン会後の打ち上げで、担当に「次回のサイン会はもっと殺伐とするようにしましょう」と提案した。具体案はまだ出していないが、基本のテーマは「全員敵」にしようと思うので、出席予定の方は今から武器を研いでおいてほしい。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は9月15日(火)昼掲載予定です。