今回のテーマは「恋愛」。ときめくシチュエーションや、それをどのように作中に入れ込んでいるか、についてだ。

こんなの、童貞に「女とは何か」と聞いているようなものである。

色んなところで再三言っているが、「モテない」というのは、異性にことごとくフラれているという意味ではない。そもそも異性との接触がなく、フラれるところにすらいけないのだ。それ以前に卑屈をこじらせているので、「私に好かれても迷惑だろうから」と好きになるところにさえ到達しないのである。かと思えば、平素全く異性と接点がない故に、あいさつされただけで好きになってしまったりもするのだが、もちろんそこから何らアクションすることはない。とにかく人様に語って聞かせるような話がないのだ。

ときめく作品には御法度の「照れブレーキ」

商業誌での仕事に限らず、漫画などの創作をやる人間になって良かったなと思うのは、恋愛のように現実ではできなかったことを、フィクションの中で思う存分やって、余計むなしくなれるところである。

私の漫画を読んだことがある人なら、ときめきなどとは全く無縁なものばかり描いているじゃないかと思われるかもしれない。だが、実は女性がときめくような物を描きたいとずっと思っているし、描こうとしている。ただ、全部失敗しているだけだ。

なぜ失敗するかと言うと、1番の原因は技量がないことだとは思うが、次に足を引っ張るのは「照れ」である。漫画家が「このセリフは臭すぎで恥ずかしいからもうちょっとセーブしよう」などと思うのは、露出狂が「全部出すのは恥ずかしいから右半分だけ隠そう」と言っているようなもので、そんなメンタルでいいパフォーマンスができるわけがない。

この「照れブレーキ」が入ると、例えば恋愛作品であれば、主人公が「自分のような者が相手にふさわしいわけがない」などと延々と自己批判を繰り返し、まったく話が前に進まない。あるいは、照れが高じたあまり、唐突に全裸の男女が仁王立ちで向かい合っているなどという、情緒のかけらもない展開に陥るかだ。とにかく創作をやる上で照れは禁物であるし、作中に照れ隠しを入れるなどもってのほかである。

「壁ドン」の恐怖

最近有名になったときめきシチュエーションと言えば「壁ドン」であろう。もちろん、「となりの部屋で開催されている男対女のプロレスがうるさいので、壁を太鼓の達人のごとくたたく行為」じゃない方の「壁ドン」だ。

イケメンが壁に手をつく格好で強引に迫ってきてドキドキ、という状況が醍醐味なのだろうが、個人的に、あのシチュエーションはときめきというより、怖いと思う。私だけではなく、多くの人と目を合わせられないコミュ障は恐怖を感じるだろう。「壁ドン」しているシーンを見ると、手を壁についてない方へ華麗なフットワークで横方向に移動することにより相手をかわして全力で走って逃げるなど、どのようにして回避するかということばかり考えてしまう。

そして、壁ドンするのがイケメンだから良いというわけではない。むしろ、イケメンだからこそ怖い。イケメンが自分に壁ドンするシチュエーションがあるとしたら、宗教の勧誘が佳境に入った時以外ありえないからだ。このように、フィクションを見るときでさえ、今まで培ってきたモテない脳が発動してしまうのはとても悲しいことである。

では、自分が読者としてどのような作品にときめくかと言うと、ベタかつ簡潔なものが好きだ。男女が出会って、まあ色々あったけどくっついてハッピーエンド、みたいなものを好んで読んでいる。寅さんや釣りバカに通じる様式美である。

ジャンルで言うとティーンズラブをよく読むのだが、その名の通りティーンの女子がイケメンと恋愛したりエロいことをしたりしているので、ずっと読み続けていると「なぜ自分が高校生の時にはこういうことが一度も起こらなかったのか」という反省会がはじまってしまうこともある。その危険を避けて、さらにファンタジーを楽しもうと思ったらハーレクインである。こちらは「相手の男がアラブの大富豪」とかいよいよ非現実感が極まっているので、安心して楽しむことができる。

ティーンズラブやハーレクインを読むのは、もちろん多少なりともエロがあった方が良いと思っているからだが、気分が暗くなるようなエロなら逆にない方がいい。プレイ内容が卑猥を極めていても、根底にあるのは純愛であって欲しいと思っている。たとえ合意かつ純愛であったとしても、「複数人での試合」などはダメだ、なんとなく不誠実な気がする。「交際相手が分身する」設定のファンタジーならありかもしれないが、未だかつてそういうハーレクインには出会ったことがない。

ベタな展開をワンパターンと評することもあるが、繰り返されるのはそれがおもしろいからである。ならばそういったものを描けばいいじゃないかと思われるかもしれないが、ベタほど技量の差が出てくるものはない。

そのため、ブスが奇抜なファッションで周りに差をつけようとしてさらに差をつけられるのと同様に、実力のなさを斬新さでカバーしようと「男女が全裸で向き合って反復横跳びをしている」ような話を描き、スベるのである。

カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。連載作品「やわらかい。課長起田総司」単行本は1~2巻まで発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は9月1日(火)昼掲載予定です。