今回のテーマは「夏のレジャー」である。
漫画家ならではの「夏の風物詩」
そう言われても、基本的に春夏秋冬、部屋から出ない。それに現在、すべての原稿を締切通りに終わらせていたら1カ月経っているし、それを12回やったら1年が終わっているという生活で、年々季節感というものがなくなってきている。
去年は一応花火など見に行ったのだが、花火が始まるまでずっとスマホでエゴサーチしていたし、始まったら始まったで、花火の写真をTwitterにアップしてリプライ待ちし、その待ち時間の間エゴサーチをしていた。
とにかくエゴサができない所には1秒たりとも行きたくないので、海などもっての他である。水中エゴサはエクストリームすぎるし、そもそもスマホがぶっ壊れる。よって、もはや「アイスが美味いのが夏」「甘いパンが美味いのが冬」「ペペロンチーノは年中美味い」というぐらいの基準しかないのだが、唯一漫画家だからこそ感じる夏というものがある。
「液晶タブレットが猛烈に熱くなってきたら夏」なのである。これは当方が使っている機種が相当古いため余計にそう感じるのかもしれないが、 冗談ではなくアツアツの鉄板に長時間向かい合うのと変わらない状態になるため、ただ漫画を描いているだけの奴が、まるでお好み焼きを100枚焼いたかの様な姿になるのが、漫画家にとっての夏なのである。すべての作業をパソコンで行っているが故の弊害だが、出た汗が直に原稿を汚すことがないという点は、やはりデジタルの利点だ。
フルデジタルが起こした"漫画革命"
常日頃から「パソコンで漫画を描ける時代じゃなかったら私は漫画家になれなかった」と言っているが、具体的にどうなれなかったかというと、まず汚損してない原稿を作れなかったと思う。
漫画雑誌には多種多様な漫画が掲載されていて、私のようにどうかと思うぐらい絵が下手な作品だって載っていることもまれにある。しかし、余白に作者の指紋が縦横無尽についているという、個人情報丸出しな漫画に出くわしたことはおそらくないだろう。
自分は何をするにも不器用で、集中力及び注意力がない。たとえば料理をしろと言えば、全身血まみれか火だるまになっているタイプなのであるが、そういう人間に液状であるインクを持たせると、3歳児に生卵を3パック持たせるのと同じぐらいの惨事が起きる。
もちろん、汚すのは原稿だけではない。完成する頃には、実際にやったことはないが「Splatoon(スプラトゥーン)ってこんな感じかな?」という部屋ができ上がっているのである。それに、書き損じをしたとしてもデジタルなら簡単に消せるが、アナログだとホワイト(修正液)を用いて間違ったところを修正しなければいけない。
しかし、こういう人間に間違ったところにだけホワイトを塗れというのも無理な相談なのである。消してはいけないところまで塗ってしまうのはもちろん、またしても原稿という枠を飛び越え、黒一色だったスプラトゥーン部屋に白が加わり、ますます喪に服しているような状態になってしまう。何度も間違いを犯し、繰り返しホワイトを塗るうちに、その部分だけ3Dな原稿ができるというハプニングも当然起こるだろう。さらに、それをカッターで削ろうとして原稿にでかい穴があくというのも想定の範囲内だ。
作画以前に、枠線がうまく引けないという問題もある。私がデビューまで原稿を完成させたことがないというのは以前書いたが、大体の場合、枠線で挫折していた。まっすぐ直線を描くというのは案外難しく、4コマ漫画の枠線を描くだけでも徐々にズレて行き、最終的に「自分の人生か」というぐらい右肩下がりな枠ができたのは良い思い出だ。もちろん、その原稿は黒い指紋だらけだった。
漫画制作ツールがいくら発達したと言っても、最終的には使う者の腕、というのは確かだ。しかし、「それ以前の問題」だった奴が、印刷できる程度の原稿を完成させることができるようになったというのは、革命と言わざるを得ない。それゆえに、本人がますます進歩できなくなったとも言えるが、仕事である以上使える物は使うべきである。
こう書くといかにもデジタルが最高の手段であるように見えるかもしれない。確かに、デジタルであれば、書き損じなどは一瞬にして消してくれる。しかし、データそのものも一瞬で消してくれるというミラクルもたまに起こるし、停電やマシントラブルで手も足も出なくなることもしばしばだ。
去年、液晶ペンタブレット(略して液タブ)がウンともスンとも言わなくなり、作業が完全にストップしてしまったことがある。締め切りがあるので、修理に出すなど悠長なことはしていられなかった。よって、約10万円ほどする新品の液タブを即決で購入するはめになってしまった。
次の日、液タブは無事に届いたのだが、それが届いたと同時に、死んだはずの旧マシンが息を吹き返すという奇跡が起こった。全米が泣く展開だと思うので、映画化したいという方はご一報いただければと思う。
このように、デジタルはデジタルでアナログ時代にはなかった危機管理をしなければいけないのである。ちなみに、その時死んだはずの液タブは今も現役で、今年の夏もその熱で私の顔面を焼いてくれている。
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。2015年2月下旬に最新作「やわらかい。課長起田総司」単行本第1巻が発売され、全国の書店およびWebストアにて展開されている。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は8月4日(火)昼掲載予定です。