バリュー・チェーン 挿絵

今回のテーマは「バリュー・チェーン」だ。

バリュー・チェーン(Value Chain)とは、元々、マイケル・ポーター (1985) が著書『競争優位の戦略』の中で用いた言葉。価値連鎖(かちれんさ)と邦訳される。 (引用:「バリュー・チェーン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』2018年6月18日 (月) 17:00)

このマイケル・ポーターという高名な学者がこれを提唱しだしてからと言うもの、企業の偉い人はこぞってこの「バリュー・チェーン」という言葉を使いたがるようになったという。

しかし、今まで私の会社員人生で、会社の偉い人がこれを使っているところは見たことがない。もしかしてみんな偉くなかったのだろうか。

ともかく意識が高い用語には違いないので、意識高い風に見せたい人は会話の節々に「これからはバリューチェーンを考えて行かないと」「それはバリューをチェーンしてないんじゃない?」と挟み込んで、尊敬されたりバカにされたりすればよいと思う。

どちらにしろ意味を知らなければ確実にバカにされるので、まずバリュー・チェーンとは何かを知らなければいけない。

バリュー・チェーンとは、企業の中での価値の流れのことを指す。例えば、製造業なら原料の買い付けから、ユーザーへの販売、アフターサービスまで、さまざまなプロセスがある。

そのプロセスごとに、どれだけコストがかかっているか、収益性がどれくらいか算出し、自社の強み、逆に改善すべきところは何かを分析することができる、というわけである。

原料部分の収益率が悪いなら、原料費を抑えてみたり、何故か総務に多額のコストがかかっているなら、そこに社長の愛人がいるのではと探ってみたりと改善が出来るし、逆に収益率が良い部分は強みなので、さらに伸ばす方向で動くことができる。

漫画家の活動における「価値連鎖(バリュー・チェーン)」

バリュー・チェーンは主に企業でやることだが、これは個人、また漫画家でもできるような気がする。

まず事業は「主活動」と「支援活動」に分けられる。漫画家で言えば、主活動は、まず取材などアイディアを練る作業、そのアイディアをラフで描くネーム作業、担当との打ち合わせ、作画、入稿、担当からの修正、校了、作品が発表されてからの宣伝活動、購買を促すための読者へのサービス活動などが挙げられる。

支援活動は、出版社など取引先とやりとりする書類の制作といった事務作業、アシスタントを雇うならその人事、スキルアップのために費用もそれに当たる。

これらの作業にかかるコストや時間を一つひとつ割り出していくわけだが、私の場合、「時間はTwitter」「コストはソシャゲのガチャ」に一番使っているという、主活動でも支援活動でもない行為に圧倒的比重があることが明らかになる。

企業で言えば「愛人部門にコストの9割が使われていた」という話だ。まず、それを全部主活動や支援活動に割り当てろということになるが、愛人や社長は間違いなくグズるだろう。それと同じように、私も全力でグズってTwitterとソシャゲのコストを死守するに決まっている。

また、客観的に見れば、ネームや作画にかける時間が短いところは「強み」と言えるかもしれないが、その反面品質が悪くなっているので、ここにもう少し時間とコストをかける方向へ配分を変えた方がいいのではないか、という分析はできる。

しかし、何故それができていないかというと、「苦手だから」だ。この年で苦手を克服するというのは正直きつい。よって、改善すべき問題は別の所にあることにしたい。

ということで、「宣伝」部分に力が入っていないのが問題なのではないかと考える。つまり編集部側の問題である。「宣伝にかけるコストも時間もない」、と言われたら、それはもうこちらではどうしようもないことなので、「改善の余地なし」という結論がでる。

最近は、編集の方が「Twitterで宣伝してください」と作家に言ってくる時代だ。「それはお前らの仕事ではないのか?」と言いたい気持ちをぐっと飲みこみ、言われた通り、一日48時間、Twitterでの宣伝に励んでいるのである。構想や作画にかける時間がなくなってしまうのもやむなしだろう。

また、自分の強みは何か改めて分析したところ、「常時Twitterに張り付いていること」だということが判明したので、バリュー・チェーンの趣旨にのっとるなら、ここはさらに伸ばす方向で行かなければならない。よって「もっとTwitterをする時間を増やす」ぐらいが良いのだ。

このように、分析というのは自分でやっても大体無意味である。最近は、外部コンサルタントなどに企業分析をしてもらう会社も多いと思うが、どれだけ正しく分析してもらっても、「部外者に何がわかる」と提案を突っぱねてしまうところも多いようだ。

結果を素直に受け入れる姿勢がなければ、バリュー・チェーンをいくら分析しても無意味である。

<作者プロフィール>

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カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)、「カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄 - 」(2018)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年6月26日(火)掲載予定です。