人間は「見ればわかる」ことができる生き物である。
たとえば、朝、暴風雨の窓の外を見て、瞬時に「今日出勤したら、仮に会社に着けても帰れなくなる」と推測して理解できる。それでもなぜか出勤してしまったりと「見て、わかった上で、ダメ」というケースも多々あるが、クレカ請求明細のゼロの並び様を見て、すぐにもやしを買いに行ったり、気の弱そうな店員に絡んでいたら後ろから強そうなのが出てきたので、即敬語になったりと、「視覚で判断して行動」することができるのだ。
この人間ごときができることを、コンピューターはできない。
窓の外の暴風雨も見ただけではわからず、降水量や風速のデータが必要なのである。「強そうな奴が出てきた」というのも膨大な「強そうな奴データ」を事前に入力しておかないと判断できないし、「体は貧弱だが、キレたら何をしでかすかわからない」というような、人間なら雰囲気で感じ取るものも当然判別できない。
しかし、人間風情ができることを、いつまでたってもコンピューター様ができないわけにはいかないのだ。
機械が「気を利かす」ために必要なモノ
よって今回のテーマは「コンテキスト・アウェアネス」だ。
コンテキストは「文脈」や「状況」、アウェアネスは「気づいている」と言った意味である。いちいち人間がデータを書き換えずとも、コンピューター自身が前後の文脈から判断して、「ここはこうだろう」と動くということだ。つまり、「気を利かす」「空気を読む」ということである。
では具体的に、機械はどのように気を利かすことができるのか。今試みられているのが、スーパーのカートに先日とりあげたRFIDリーダーを取りつけるというサービスだ。客が商品をカゴに入れたら、商品についているタグを読み取り、例えば商品がパスタであれば、パスタソースの情報や、その商品の割引クーポンをリアルタイムで客のスマホに送る、という。
パスタソースを買いに来た、という情報がなくても、パスタをカゴに入れたという情報から、「だったらソースもいるだろ」と気を利かせた、というわけである。
広いスーパーだと品物がどこに何があるかわからないときもあるので、欲しい商品情報を直接送ってくれるのは便利だし、買おうと思っていた商品のクーポンがもらえるのはお得だ。また、買おうと思っていなくても、その情報を見て買う気になるかもしれないので、店の売り上げアップにつながるかもしれない。
だが実用化にはまだ問題がある。RFIDの項でも書いた通り、RFIDタグは従来のバーコードよりコストがかかる。78円のミートソースに100円のタグをつけたら逆に赤字だ。よって、まずRFIDタグのコストがダウンしないと、このサービスの普及は難しいだろう。
また、人間同士でも、気を利かしたつもりで大事故が起こることがままある。パスタを買った客が全員、パスタソースを求めているわけではない。もしかしたらその客は、パスタを塩で食うことにより、給料日まで生き延びようとしているのかもしれない。そんな状況で「こんな美味いパスタソースがありまっせ! 」という情報が送られて来たら「二度と来るか」となるだろう。
バターを買った客だって、それをパンに塗るとはかぎらない。別の部分に塗るかもしれないのだ。それを短絡的に「バターやからパンや」といちいち見当違い情報を送っていたら、客は「このスーパーなんかうぜえ」と感じ、足が遠のいてしまう可能性もある。
それに、「気が利く」も度がすぎると「こ、こわっ! 」になってしまう。特に購入したものからパーソナリティを割り出されるというのは、ストーカーがゴミ袋からレシートを取り出して、相手の行動を把握しているのと同じ恐怖を感じる。パスタをカゴに入れた瞬間、パスタソース情報が配信されたら、「今俺がパスタを買ったという情報がどこかに記録されたのだ」ということがわかってしまうのである。個人情報漏洩、プライバシーの侵害を感じてしまう人もいるだろう。
このサービスは、Amazonなどが、購入履歴から「あなたにはこの商品もお勧めです」と類似商品を勧めて来る機能のリアル版と言える。しかし、「ママさんバレー写真集」を買った人間が、「あなたにお勧めです! 」と、他の熟女写真集をズラリと並べられて「おっ気が利くな! 」と思うか「やめてくれ! 」と思うかは個人によるのである。そこの見分けまでつけられるようになったら「コンテキスト・アウェアネス」も大したものである。
ちなみに、私はワケあってワキガについて調べたら、表示広告がすべてワキガ手術やワキガ対策商品になったことがある。
気を利かすのは良いが、人も機械も「やりすぎ」なのは良くない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)、「カレー沢薫の廃人日記 ~オタク沼地獄 - 」(2018)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年5月29日(火)掲載予定です。