スマートグラス 挿絵

今回のテーマは「スマートグラス」だ。

直訳すると「賢いメガネ」で、乙女ゲーに一人はいそうな奴になるが、簡単にいうと現実世界にデジタル情報を重ねて見る機能がついたメガネだ。

それだとヘッドマウントディスプレイと同じではないかと思うかもしれないが、違う。スマートグラスはかなり普通のメガネに近いが、ヘッドマウントディスプレイは目からビームが出るのを抑えているようにしか見えない、という形状の違いでもない。

基本的に、ヘッドマウントディスプレイはVRを見せる装置だが、スマートグラスはARを見せる装置である。VRとARの違いについては前のコラムでも描いたが、筆者を筆頭に全員忘れていると思うのでおさらいしよう。

完全に仮想空間に入ってしまうのがVRで、現実の上に仮想が張り付けられているのがARだ。VRが夢を見ている状態なら、ARは現実世界にいるけど幻覚が見える、というようなものだ。ARでわかりやすいのは「ポケモンGO」だろう。あれは現実世界の上に実際いないはずのポケモンが貼り付けられているような感じだ。

つまり、ヘッドマウントディスプレイをかけるとユーザーは丸ごと仮想現実の世界に入ってしまうが、スマートグラスだとあくまで見えるのは現実世界で、その上に仮想なものを重ねて表示されるようになる。

スマートグラス越しに進む業務

そしてこのスマートグラスはすでに産業の現場で使用が進んでいるという。仕事場で幻覚を見ることが何の役にたつのかと思ったが、もちろん現場でスマートグラスに表示されるのは、ポケモンや死んだおばあちゃん、とかではない。

例えば、今までは、機械の操作は、操作法がわかっている人間しかできなかったし、電話などで指示を出しても要領を得ず「もういい俺が行く」となってしまうことも少なくない。それも、「俺」が行ける距離にいれば良いが、勝手のわかる奴が全員南米に飛んでいるなどの状況では詰んでしまう。

そんな状況でも、指示を受ける側の人間がスマートグラスをかければ「このボタンを押せ」などの指示(仮想)が直接その機械上(現実)に表示されるため、かけている奴が死ぬほどスマートじゃないという場合を除いては、「指示が伝わらない」ということがない。また、指示は当然遠方からでも出すことができる。操作方法が全くわからない人間でも、スマートグラスをかけ、表示される指示通りにすれば機械操作ができる、ということである。

倉庫などで、スマートグラスをかけた人間が表示される指示通りに荷物をピックアップしていったり、また搭載されているスキャナ機能で伝票も自動で読み取りされたりと、すでに実用化がされているのだが、このスマートグラスは意外な現場での活躍も期待されている。

それは、熟練の技術を要する現場だ。いわゆる機械では不可能な職人技、達人技が必要な仕事である。だが、そう言った仕事は後継者が育たないまま、達人が年をとり、誰も出来る人間がいなくなる、ということがままある。

仮に後継希望の人間が現れても、達人というのは厳しく気難しく偏屈(というイメージ)である。せっかく現れた後継者が志半ばで、クソジジイ(個人の感想)に耐えかね逃げ出してしまうこともあるし、ジジイも最近のなっちゃいねえ若者にイライラしてしまう。またすでに老齢なので、現場で新人に付きっきりで指導というのは厳しい場合もある。

つまり、教えるほうも教えられるほうも、長い期間の忍耐を要するわけだ。

そこで登場するのがスマートグラスだ。スマートグラスを通しての指導にすることにより、指示が事務的になり、お互いストレスを感じなくなる、そして達人はわざわざ現場に行かず、自宅からなどでも指導が可能なので負担が少ない。

打たれ弱すぎないか、と思うかもしれないが、そういった職人仕事だけでなく、バイトですらコミュニケーション能力に難がありすぎて、仕事を教えてもらう段階でギブアップしてしまう人間は確かにこの世に存在するし、私も身に覚えがありすぎる。そういった人間がスマートグラスを間に挟むことにより、人並みに仕事ができるようになるとしたら相当画期的である。

しかし、それに慣れすぎると逆に「スマートグラス越しじゃないと、人と意思疎通ができない」という状態になってしまうかもしれない。

道具が進化するほどに、人の能力というのは低下するものである。

<作者プロフィール>

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カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集、「ブス図鑑」(2016年)、「やらない理由」(2017年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。

「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2018年3月27日(火)掲載予定です。