今回のテーマは「MFP」だ。
弊連載ではよくアルファベット三文字の用語が出てくるので、流石に傾向がわかってきた。「C」なら「キャット」、「N」なら「ネコ」、「K」なら「Kill」である。MFPは1つも当てはまっていないので、悔い改めて一から出直しだ。
身近なものを、逆にわかりにくく略す
MFP(MultiFunction Peripheral):複数の異なる機能を併せ持ったコンピュータ周辺機器のこと。特に、プリンタと他の機能(FAXやイメージスキャナ)を合わせ持った「プリンタ複合機」(デジタル複合機)のこと。(IT用語辞典 e-wordsより)
この連載には「最初からそう言えよ」というような用語が多々出てくるが、これはその最たるものである。これだけ身近なものを、ここまでわかりづらく言う奴があるか。タンスのことを「足の小指粉砕装置搭載型服入れ」と表現するようなものである。
要するに、コピー、スキャナ、ファックス、そしてもちろんプリンタなど、複数の機能が搭載された機器のことだ。会社にはまず間違い無くあるし、一般家庭でも小型のものを持っていることは珍しくない。
実際、うちにもある。プリンターの上部に読み取り用のガラス板があり、スキャナとコピー機としても使える。あくまで家庭用なので大量のデータを読み込んだり刷ったりするのには向かないが、私には十分だし、価格も1万円以下だったと思う。
私が漫画家なので、家に業務用複合機が無駄に置いてあると思われる読者もいるかもしれないが、置いていない。マジで無駄だからである。私は漫画制作の全てをPC上で行っているし、完成後も紙に出力して見たりはしない。
とはいえ、デビューした当初は一応、出力していた。だが、そのうち「PC上で描いたままが出る」と判明したのでやめたのだ。印刷することによって、別人が描いたかのような、むしろ本当に別人が描いた漫画になるというなら出す価値はあるが、大体はそのままだし、逆に印刷した方が粗は目立つ。
粗が見つかってそこを修正するなら有用だろうが、クールを売りにする男性キャラがうっかりセーラー服を着ている等の致命的間違いでない限り面倒だから直さないし、直していない原稿は何事もなく掲載されている。よって、自分の漫画を印刷しても「私がちょっと暗い気分になる」という以外の効果がないため、完全にペーパーレス、データのみのやりとりとなった。
オフィスの複合機の私的利用、使い道は?
オフィスにあるような業務用複合機があったらあったで、何かと便利なのだとは思う。だが、値段は当然高いだろうし、そもそも場所を取る。
そんなオフィスにある複合機を社員が私的に使用できるサービスが開始されたという。社内に設置してある自動販売機を社員が自費で使用するのと同じように、社内の複合機を使えるというわけである。仕組みとしては、各人の持つICカードを用いて認証を行い、その人ごとに印刷費用を決済するというものらしい。
一見便利なようだが、少し気になることもある。まず、そんなサービスを提供されてなくても、社員は割と私的に社内の複合機を使ってるんじゃないか、という点である、もちろんタダで。ジョジョのプロシュート兄貴風に言えば、「社内のコピーを私的に使いてえ」と思った瞬間には、そんなサービスの開始を待つことなく、もう「使い終わっている」のである。それにしてもこの言葉の汎用性はすごい、さすが2億部とか売れている漫画は格が違う。
もちろん、100枚単位で使う猛者はそうそういないだろうが、例えば個人的なカードローンや消費者金融の申込に身分証のコピーが必要、となった時、こっそり会社でコピーしたくなる誘惑に駆られた経験は誰しもあるだろう。
もしこのサービスの導入により、私的利用か公的利用か厳密に審査されるようになるというなら、その審査をするための人員が必要になるレベルだし、審査待ちで仕事がストップする未来も容易に想像できる。そうなると、社員的には完全に「余計なサービス」であり、企業としてもかえってコストがかさむのではないだろうか。
もう一つ気になるのは「金を払ってまでして、会社で何をプリントすんの?」という点である。孫の写真やクックパッドのレシピだろうか。だったら自宅でも事足りる気がする。やはり業務用複合機でしか、なし得ないことをしないと意味がない。
勘の良い読者はもう気づいただろう、気づかない者は一からやり直しだ。業務用プリンタでなければ難しいこと、そう「コピー本の制作」だ。コピー本がわからない者は前世からやりなおして欲しいが、つまり同人誌の印刷である。これだと部数にもよるが、100枚は印刷するだろうし、両面印刷したほうが仕上がりは良いから、家庭用の機材で行うのは難しい。
しかし、出来るだろうか。会社で、自らの薄い本の印刷を。おそらく、全社員をガスで眠らせるなどしないと、安心して実行できないだろう。
さらに、そこまで周到な準備をしても、コピー本制作にありがちな「原稿をコピー機内に忘れる」という凡ミスをしないとも限らない。コンビニのコピー機を使ったなら「そこのコンビニには二度と行かない」などの対策を打てるが、会社だとそうは行かない。だったら割高だろうと、コンビニやキンコーズを使ったほうがよいだろう。
もし、このサービスが導入されて以来、やたら休日出勤をしだす社員や、ネットで「ガス」を調べている社員がいたら「その手の者」である可能性は高い。社員のそういった面をあぶり出すにはいいトラップなのかもしれない。
<作者プロフィール>
カレー沢薫
漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「やわらかい。課長起田総司」(2015年)、「ねこもくわない」(2016年)。コラム集「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年~)、コラム集「ブス図鑑」(2016年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。本連載を文庫化した「もっと負ける技術 カレー沢薫の日常と退廃」は、講談社文庫より絶賛発売中。
「兼業まんがクリエイター・カレー沢薫の日常と退廃」、次回は2017年4月4日(火)掲載予定です。