今年のカーエレクトロニクス技術展におけるルネサス エレクトロニクスのブースには人垣が出来ていた。お目当ては、ルネサスならではの認識や判断が必要なIT系と、「走る」「止まる」「曲がる」を基本とする制御系の両方を使った、さまざまな車載システムだ。「IT系と制御系の両方を持つ半導体メーカーこそルネサスだ」。こう語る、ルネサスのクルマ事業総責任者の大村隆司執行役員常務(図1)にルネサスのクルマ戦略について聞いた。今回は戦略を中心に、次回は具体的な戦術を中心に紹介する。
おそらく現時点ではルネサスは、クルマ用半導体のトップメーカーだろう。ただし、オランダのNXP Semiconductorによる米Freescale Semiconductorの買収が2015年12月に完了したため、2016年の業績ではこの新しい合弁会社が単純計算でもルネサスを抜くことは間違いない。しかし、ルネサスにはクルマ用半導体メーカーとしての絶対的な自信がある。これまでの実績1位だけではない。「品質の高さとOEM(クルマメーカー)やティアワンサプライヤから信頼されていることだ」と大村氏は言う。
顧客からの信頼は、ルネサスの顧客に対する恩返しから来ているという。今から5年前の東北大震災の時、茨城県にある那珂工場が破壊され(図2)、半導体の供給が止まった。その時に、半導体のユーザーである、「クルマメーカーの人たち応援に駆けつけてくれ、本当に助けられた。今度はこちらが恩返しする番だ」と大村氏は述懐する。この時にユーザーの懸命な救助活動に胸を打たれ、事業継続(BCP)の重要さをつくづく思い知らされた。これこそが、クルマ用マイコンメーカートップの責任だという。
この時以来、供給し続けなければならないという教訓を胸に刻み、ユーザーに協力に対し、ユーザーが望む近未来のシステムのカギとなるソリューションを提案することを心に決めた。ソリューション提案こそ、ユーザーへのイノベーション提案となる。というのは、顧客でさえ、2~3年先のシステムの詳細は知らない。大まかなイメージはできているが、詳細までは把握していない。ルネサスという半導体メーカーからの具体的な提案があって初めて、細かい修正を要求することができる。半導体メーカーのソリューション提案こそ、世界の勝ち組の手法であり、顧客にソリューション提案ができないと半導体メーカーとしてはリーダーになれない。
継続的な供給となると、現時点での生産製品だけではなく将来に渡るロードマップを描き提供することも意味する。マイコンとして最先端の40nmのフラッシュマイコンの供給が整い、次の28nm世代のマイコンも2015年のISSCC(International Solid-State Circuits Conference)で発表したように開発が完了している(図3)。16nm FinFETプロセスも当然ロードマップ上にある。
さらに、クルマ用半導体事業のトップになって以来、マイコンだけではなく、BDCMOSやIGBTなどの高耐圧、パワーデバイスなども商談に上っている、数字としてはまだ出てこないが、2020年ごろには間違いなく、立ち上がるだろうという。「現在でも、震災後供給できずに顧客の数を減らしたが、売り上げは何とかキープしている」と大村氏は述べる。クルマ事業は受注から量産納入まで時間がかかるため、結果はすぐに出ないことはこの業界の常識だ。
品質の高さには昔からルネサスは定評がある。最近では欧米だけではなく、中国のOEM(クルマメーカー)からもマイコンはルネサスを使え、という声があったと大村氏は顔をほころばせる。クルマ事業の売り上げの半分は海外であり、欧米・中国・インドからも受注しているという。震災から戻ってきたユーザーも増えてきたという。
最近では、クルマのビジネスモデルが従来の、OEM→ティア1→ティア2→ティア3というような垂直構造から、水平構造やグローバル化が進んでいる。ティア1メーカー(ボッシュやデンソー、コンチネンタルなど)が多数の半導体メーカーから購入し、そこからいろいろなOEMへ供給するパターンと、半導体メーカーとティア1メーカーがOEMへ供給するパターンがあるという。ティア1へ半導体を収めることが決まっても、その先のOEMが使わなければ量産されない。このためルネサスは、OEMとの距離を短くし、OEMがティア1メーカーにルネサスのマイコンやIGBTを使うように指定してもらう。
実はこの手法も利益率の高い海外半導体メーカーの勝ちパターンでもある。直接の顧客へアプローチするだけではなく、さらにその先のOEMに接近して信頼を勝ち取るのである。例えば携帯用半導体でも、直接の顧客である携帯電話機メーカーだけではなく、その上の通信業者(NTTやKDDI、ソフトバンクなど)にも近づく企業が好調だ。
もう1つ、ルネサスがクルマ用半導体に自信を持つことは、戦略がぶれないことだと、大村氏は述べる。すなわち、同村氏が自動車の責任者に就任した2013年から、継続して力を入れている分野は四つ。(1)エコカー・燃費向上、(2)安全性の向上、(3)メンテナンス性の向上、(4)クルマのIT化、である(図4)。この4つの中身はイノベーティブに変わっても、基本姿勢は変わらない。ぶれないことは顧客の信頼を勝ち取ることだともいう。
顧客やOEMに対してソリューション提案してきたおかげで、ルネサスは将来のクルマのシステムをわかっていると思われていると感じているという。このカーエレクトロニクス展でのデモには、クラウドとつながった自動運転による駐車支援システムや、次世代統合コックピットのデモなどのソリューション提供することで、顧客目線で理解してもらうことを狙っている。
技術的にはルネサスはファブライトへシフトしているのになぜ16nm FinFETを開発するのか。「時代は水平分業に向かっていることは確かだ。だからすべての製品の開発をIDM(垂直統合型の半導体メーカー)としてやる訳ではない。ベースとなるCMOSのインテグレーションはTSMCで行うが、その上に集積するフラッシュメモリやSRAM、高速インタフェースなどのIPはルネサスが供給する。高速で面積が小さいのが当社の特長。IEDM(International Electron Device Meeting)で16nm FinFETのSRAMを発表したのはまさにこの技術である」と大村氏は答えている。実は、同社のSRAMやいくつかのIPは同じデザインルールで他社のIPよりも小さいと業界で言われている。
大村氏は「当社はパワートレインやボディ系、コックピットのダッシュボード周りはほとんどルネサスのマイコンが入っている。後はADASがしっかり取れれば盤石なマイコン・SoCの体制ができると思う」と自信を持つ。後編では、ルネサスがぶれないという4つのテーマと展示会でのデモに付いて紹介する。