ドイツのInfineon Technologiesは、クルマ衝突防止用レーダーの低価格化を推進してきた。日本では、スバルのアイサイトに象徴されるようにカメラ方式の衝突防止システムがコスト面から主流になっているが、今や立体カメラ方式と比べるとむしろレーダー方式の方がシステムコストは安い、とまで同社VPでAutomotive DivisionでSensor & Control部門General ManagerのRalf Bornefeld氏(図1)は言う。
Infineonは、レーダーシステムの低コスト化を図ってきた。この分野に参入する前までは、GaAs半導体を使ったレーダー発振器が使われていた。しかし、GaAs発振器は主に衛星や軍事関係など高価な用途に使われ、低コスト化が要求される自動車分野ではあまり使われてこなかった。同社がこのクルマ用レーダーに参入したのが2009年。第1世代品は、SiGeプロセスの導入によりレーダーシステムのコストをGaAsレーダーよりも30%削減した。トランシーバを作る場合、従来のGaAsだと送信機、受信機のRFチップが8個必要だったが、SiGeにより1チップのトランシーバ(送受信機)と発振器1チップで済んだ(図2)。GaAsは100mmのウェハしか使えなかったが、Siだと200mmウェハが使えた。このため量産化が容易でコストを削減できた。このチップはAudiの中級車A4に搭載された。
さらに2012年には第2世代品として、「eWLB(Embedded Wafer-Level BGA)」と呼ぶパッケージング技術を開発(図3)、これにより配線長が短くなると共に放熱も向上し、しかも高価なセラミックではなく、安価なモールドが使えるようになった。このころにはトランジスタ自身の性能も上がり、77GHz動作が可能になった。この技術の導入でレーダーのシステムコストはさらに30%下がった。この技術によりVolkswagenのGolf 7やDaimlerの小型車SMARTにも搭載されるようになった。欧州では今やさまざまなクルマにレーダーが載るようになっている、とBornefeld氏は言う。「第1世代から現在まで、5年間で累積1000万個のレーダーチップを出荷してきたが、次の1年で1000万個を出荷する勢い」だと言う。欧州ではもうレーダー発振器が衝突防止システムの主流になりつつある。この第2世代品は現在、量産出荷中で、このチップで市場を拡大しつつある。
Infineonが現在開発しているのは、現在のSiGeトランジスタの遮断周波数ftの2倍に相当する400GHzを持つ新型トランジスタの開発を終え、第3世代とも言うべき完全1チップのRF+ベースバンド回路である(図4)。SiGeプロセスといえ、主回路にはCMOSを用い、77GHzの高周波が必要な回路にSiGeバイポーラトランジスタを使う。いわばBiCMOSプロセスの一種である。
この半導体チップは、ADコンバータや各種インタフェースも集積し、出力がデジタルという高集積のBiCMOS LSIであり、そのままマイクロコントローラ(MCU)に接続できる。このシステムではデジタル出力の77GHz高周波LSIとMCU、パワーマネジメントの3チップのレーダーシステムとなり、さらに低コスト化することになる。このチップは2019年に量産化されるとしている。
これまで述べてきたInfineonの低コスト化は、あくまでもシステムコストの低減を図っているという点に注意が必要だ。チップだけなら、カメラ方式と比べてむしろ高いはず。しかし、77GHzのミリ波レーダーとして送受信機を含むレーダーシステムとしてのコストでは安いとしている。第2世代はパッケージの実装コストの削減で低コスト化を図っていたが、第3世代品では高集積にすることでシステムコストの低減を図っている。
そもそもミリ波レーダーのメリットとは何か。電磁波の波長がミリメートル単位にまで短くなると、アンテナ設計が小型になる。光の速度は3×1010cm/sであるから、波長1cmの電波の周波数は30GHz。つまり周波数が30GHz以上になると波長は1cmを切りmmオーダーとなる。周波数300GHzが波長1mmに相当する。アンテナは波長に合わせて共振させると電波を増幅しやすい。波長が長すぎる場合は、1/2波長や1/4波長の長さで共振器を作ることが多かった。しかし。波長が短くなると、波長そのものの長さを共振器として使える。このためアンテナを小型にできる。自動車用レーダーの77GHzの周波数だと4mm前後の波長となり、非常に小型にできる。
ところが、ミリ波になると電波は放射状に発せず、レーザー光のように直線的になってくる。衝突防止のレーダーはこの性質を利用する。すなわち、クルマの前方からレーダーを発射すれば金属などに反射して、反射波がそのまま戻ってくる。このため、前方に反射する金属物体、すなわちクルマがあればそれをクルマとして検出できる。レーダーは、この性質を利用したクルマの検出器だ。
また24GHzのレーダーもクルマには使われている。24GHzの波長は正確には1cmを超えているが、12.5mmという表現もできるため、このあたりの波長でもミリ波と呼ばれている。24GHzのミリ波は77GHzよりも直線性が弱いため、発信機の周囲の金属物すなわちクルマも検出できる。このような性質を利用して、クルマの前後周囲の検出に24GHzレーダーを使い、前方を走る車を検出するのには77GHzを使っている(図5)。
Infineonは欧州では主流になっているミリ波レーダーを日本の市場にも持ち込もうとしている。Bornefeld氏は、コストの年次推移ははっきりと言えないが、少なくとも数値は記憶しているという。1998年、最初の衝突防止用レーダーはDaimlerのSクラスのBenzに搭載された。この時のシステムコストは2,500ユーロ(1ユーロは約135円)程度だったとする。同社がSiGeプロセスで参入した年に1,000ユーロに下がった。さらに2012年の第2世代のeWLB技術により、500ユーロに下がりVWのGolfに搭載された。そしてDaimlerの小型車SMARTに搭載された時は250ユーロに下がっていたという。開発中の第3世代品ができるとシステムコストはさらに下がる。Bornefeld氏は、第3世代品はピュアCMOSプロセスで作るかもしれない、と期待している。