Mentor Graphicsが発表した、クルマのインフォテインメントやADAS情報を設計する新しいソフトウェアプラットフォーム「Connected OS」の狙いは、車内でオーディオ・ビデオを楽しむことであった。運転席から後部座席にいる人たちがビデオを楽しむためにAV信号を、Ethernetを通して送り、一緒に楽しむことができるようになる(図1)。実は、これまでクルマ内でのEthernetは、クルマの診断といった限られた応用にしか使われてこなかった。ビデオ映像を流すという応用は難しかったからだ。
Ethernetは、100Mbpsだけではなく今や1Gbpsを超す高速データ伝送ができる時代にはなった。しかし、クルマ用では、オーディオ信号とビデオ信号を合わせ、同期を取り、映画やテレビ映像を、Ethernetを通じて流してもこの2つの信号の同期をリアルタイムでとることが難しかった。同期や遅延などの仕様が標準化されて間もないからだ。
オーディオ信号とビデオ信号の同期がとれていなければ、出演者の口の動きと音声が合わなくなってしまい、まるで腹話術師の「いっこく堂」が得意としている時間差芸のような状態になってしまう。このため、テレビ放送時代からビデオ信号とオーディオ信号の同期をとることは重要な技術の1つとなっていた。リアルタイムで同期がとれない場合には、Isochronous(アイソクロナス)と呼ばれる手法が一時とられていた。これは時間的に少し遅れてもオーディオ信号とビデオ信号との同期だけはとる、という手法であった。これがIEEE1394という規格であった。
リアルタイムでのマルチメディアストリーミングをサポートするeAVB(Ethernet Audio Video Bridging)規格は、ようやくIEEEで標準化され、それを取り込んだ基本的なソフトウェアプラットフォームが登場した。それが「Connected OS」である。
特に、Connected OSには、AVnu準拠のeAVBスタックが標準装備されている(図2)。IEEEのeAVBタスクグループで決められた技術規格のセットには、IEEE 802.1as/Qat/QavやIEEE 1722などがある。AVnuアライアンスは、タイミングの同期性やレイテンシを問題とする応用に向けた仕様を決め、認証する標準化団体である。Mentorはそのメンバーの一員でもある。
LinuxをベースにしたこのOSは、2014年に買収したドイツのXS社の持つOSをベースにしたもの。Linux OSをカーネルにするオープンソースのOSに加え、オーディオやビジュアルの処理コンポーネントであるAutomotive Audio / Automotive Visualsを備え、GENIVIに準拠するライブラリも使え、高速起動ブートローダなどを備えている。
このConnected OSがあれば、Ethernetにデータを載せて配信するAVシステムを構築することが容易になる。もちろん、それを半導体チップに落とすためのSoCのサポートは欠かせない。「Connected OSはSoCベンダと密接に関係を持ちながら開発を進めるもの」とMentor GraphicsのEmbedded Systems Division, Automotive Business Unit, Senior Product Marketing ManagerであるAnil Khanna氏(図3)は述べている。Connected OSでの実績として、ルネサス エレクトロニクスのクルマ用SoCの1つ「R-CARファミリ」のソフトウェアは、このConnected OSプラットフォームをベースに開発された、とKhanna氏は言う。同氏はさらに、ルネサス以外にも、Texas InstrumentsやIntelの名前も挙げた。実は、それぞれの半導体メーカーのSoCに合わせて、Connected OSプラットフォームでソフト開発を行っている。
もちろん、ソフトウェアだけではECUや音楽配信システムを作れないため、ハードウェアベースの開発キットも提供する。Mentorはこのハードウェア開発キットSysDKを使ったデモを行い、2つのスクリーンでのビデオ映像を映し出している(図4)。デモでは、市販のEthernetスイッチを使い、ビデオ・オーディオ信号を切り替えていた。
この開発キットには、Connected OSだけではなく、リアルタイムOSである「Nucleus RTOS」やMentorの持つ「VSTAR AUTOSAR」といったOSも揃えている。システムを管理するHypervisorを使って、OSを切り替え、状況に応じてRTOSとConnected OSをスイッチできるようにしている。これらの区分けに対して、Linuxをカーネルに選んだ理由は、セーフティをはじめとする大きな作業をするのには向いているからだという。リアルタイムOSには、例えばデジタルクラスタで表示するスピードメータやタコメータなどの指示針など限られた仕事にはNucleus RTOSを使うとしている。
Connected OSを使うメリットは今のところ、車内のインフォテインメントIVI(In-Vehicle Infotainment)で、運転席と後部座席でのモニターでビデオやテレビを楽しむだけだが、これだけだとIEEE1394でも可能ではある。しかし、将来、ADASと絡めて、クルマの外のビデオ映像と音声を、同期をとりながら確認するという作業が加わることは間違いないだろう。そうなると、アイソクロナスの1394では対応できない。eAVBをサポートするConnected OSは、あくまでも将来指向のソフトウェア開発プラットフォームである。