クルマに搭載するカメラの数を最小限にとどめ、その結果、ビデオ映像を伝送するワイヤハーネスを軽くできる半導体チップ「R-Car T2」をルネサス エレクトロニクスが開発、サンプル出荷を開始した。このチップを使えば、クルマのカメラとワイヤハーネスを軽くでき、燃費改善につなげることができるようになる。
ルネサスが9月9日に発表したチップは、車内イーサネットを使ってカメラ映像を伝送する技術である。それも撮影した映像をわずか1ms未満の遅延で送ることができる。だからこそ、1つのカメラで撮った映像を複数のディスプレイで遅れることなく表示できる(図1)。例えば、サラウンドビューモニターのために撮影したリアカメラの映像を、サラウンドビューモニターと、バックモニターとしてのバックミラーの液晶モニターの2台のディスプレイに同時に表示することができる。個々の用途に応じてカメラを何台も取り付ける必要がなくなる。つまりカメラを兼用できるという訳だ。
しかも伝送するケーブルは、シールド線の必要な重いLVDS(Low Voltage Differential Signaling)用配線ではなく、クルマ用の軽いツイステッドペアのイーサネットケーブルですむ。しかもLVDSのシールド線は、クルマに配置する場合に折り曲げるという作業が必要で、これが結構力のいる作業だという。LVDS方式は、最大2Gbps程度のデータまで対応できるが、1つのカメラからは1つのディスプレイにピア・ツー・ピアでしか通信できない。イーサネットはベストエフォート型のネットワークであり、データレートを保証しないが、スイッチを中継に加えさえすれば、さまざまなソース映像をさまざまなディスプレイに表示できる。
クルマ内のケーブルはCANやLINなど制御用の配線が多く、LDVS配線が使われる訳ではないが、クルマとしてはできるだけ軽くしたい、しかも低コストで。となるとツイステッドペアのイーサネットケーブルは低コストで軽いという点では望ましい。今回のチップを映像伝送システムに使えば、ケーブルは軽く、カメラの数は少なくて済む。クルマの軽量化には都合が良い。
このため、車内ネットワークのデータレートを上げるためにイーサネットでネットワークを構成する動きはBroadcomを中心に盛んになっている。しかし、実際にはレイテンシを十分に短くできなければクルマに使うことは難しくなる。今回、ルネサスが開発したチップ「R-Car T2」は、カメラからの映像データ入力からH.264方式で圧縮してイーサネットケーブルへデータを出力するまでが1ms以下と短い。1msというレイテンシは、時速100kmで走行しているクルマが動く距離がわずか2.8cmに相当する(図3)。ほとんどリアルタイムと見なしてよいだろう。ルネサスはレイテンシを短縮した技術についてほとんど語りたがらない。ただ、1フレーム内で圧縮することに注力したと述べている。
このチップの消費電力は40mWと比較的小さいため放熱フィンは不要で、しかも6mm×6mmの121ピンBGAに入っている。
R-CAR T2のチップに集積された回路(図4)は、映像のインタフェース回路、H.264圧縮回路、Ethernet AVBインタフェースのMAC(Media Access Control)レイヤ、それらを制御するARM Cortex-M3、メモリ、周辺回路などである。イーサネットの物理層(PHY)はさまざまなオプションがあるため、このチップには内蔵せず、外付けにした。
ルネサスは、ディスプレイに接続するためのチップR-CAR V2Hなどをすでに開発済みのため、今回のチップとセットでOEM(車メーカー)に提案したいとしている。R-CAR V2Hには、イーサネットのインタフェースからH.264デコーダ(伸長回路)を経てHDMIインタフェースを通してディスプレイパネルに直結できる。
ルネサスはR-CAR T2の発表会において、このチップセットを使ったデモを行った(図5)。このデモでは、模型の自動車の前後左右4カ所にカメラを設置して、4つの映像を合成するサラウンドビューモニターと各4つのカメラ出力を見せた(図6)。サラウンドビューモニターは4方向の画像を合成した映像に、視点をプラスしてまるで上から見ているかのようにグラフィックで合成するシステムである。サラウンドビューモニターの映像とそれぞれ4台の映像とは同時に見せている。
ルネサスによると、あるOEMからレイテンシが1ms以下であれば、すぐテストしてみたいという反応をもらったという。実際にはクルマのECU(電子制御ユニット)環境はノイズだらけであるから、それに耐えられるか、耐えられない場合にはノイズ対策を打つなど、実用化に向けた実験が期待される。ルネサスは2016年12月を量産開始と見込んでいる。