偽装は食品だけじゃない

食品の産地偽装が相次ぎ、消費者を裏切る事件が後を絶たないが、半導体チップまでが産地を偽装する事件が出てきている。米国半導体工業会(Semiconductor Industry Association:SIA)も偽装品に対するキャンペーンを行った経緯がある。偽装された半導体というのは、例えば2GHzのクロックで動作するパソコンがどうも遅いと思っていたら、実は1GHzの安いマイクロプロセッサだった。1GHzのCPUの捺印を消して書き直し2GHz製品と見せかけて市場へ出して稼ぎまくっていた犯罪グループがいたというようなもの。偽装した半導体製品がもし、自動車のECU(電子制御ユニット)に入っていたら、と考えるだけでゾッとする。クルマは人命を預かる道具だからである。

本来高速のはずである半導体チップのスペックが低速だったら、信号処理が遅れてハンドル操作が間に合わなくなってしまう可能性がある。本物はノイズに十分耐えるスペックなのに、ノイズでたびたび誤動作するチップにすり替わっていたら、安全を認識できず事故につながりかねない。

自動車は、万が一事故が起きた時にはその事実を公表し、対象とするクルマを回収(リコール)しなければならない産業である。リコールを公開するのは、影響が他のクルマに及ばないように即刻手を打たなければならないからである。自動車は絶対安全であることが求められるため、ミッションクリティカルなECUでは二重の冗長構成をとっている。半導体の故障は許されない。ましてやスペックに合わないチップが誤って搭載されることも許されない。

チップそのものにもIDを付与

今、自動車メーカーは半導体メーカーに対して、半導体製品のID番号をICパッケージの上からだけではなく、内部のチップにもつけることを要求し始めた。自動車に搭載される部品やモジュール、さらには使用する材料にまで製品番号だけではなく生産場所やロット番号などのトレーサビリティ情報を含めたIDを付与しておけば、万が一リコールになっても不良品を特定できる。しかも、故障の原因が半導体チップの故障なら、製造チップを特定し、同じロットの他のチップのチェックに極めて有効な手段といえる。素早く対応し、被害を最小に食い止めることができる。今や、トレーサビリティIDは車載用チップには欠かせない。

トヨタ自動車や日産自動車は、半導体ICチップがいつどこで生産されたウェハのどの部分から切り出したチップなのかを知るためにトレーサビリティIDを付与する活動に積極的に参加している。自動車産業は半導体チップを売りっぱなしで済むという産業では決してない。万が一の事故に備え、いつどこで作られたチップなのかトレースしなければならない。

なぜ、自動車に半導体チップのトレーサビリティが求められるようになったのかは、自動車に使われる半導体チップの数と深く関わる。米市場調査会社のStrategy Analyticsは2004年から2012年までの8年間で車載半導体の需要は2倍になると予測している。同社の予測では、車両そのものの需要は8年間で3割しか増えないため、車両が機械から半導体に置き換わっていくといえる。

半導体チップが使われる数は高級車とハイブリッド車において特に多い。この両方のカテゴリに入る最高級車「レクサスLS600hハイブリッドカー」には6インチウェハに換算して2.6枚分の半導体が使われているという。プリウスが0.96枚だから、いかに多いかがわかる。そのうち、モータをドライブするためのハイブリッド車用パワーモジュールに集積するIGBTとダイオードには6インチウェハ分のシリコンをまるまる使う。逆にいえば、それ以外のマイコンやASIC、メモリなどでさえ、1.6枚分のシリコンを使っていることになる。これだけ大量のシリコンを使っているからこそ、トヨタはトレーサビリティIDの付与に熱心で、万が一の事故に備えようという危機管理能力が高い。

レクサスLS600hハイブリッドカー(出所:トヨタ自動車Webサイト)

標準化作業も進む

半導体メーカーは、パッケージに生産情報を2次元バーコードで表示するだけではなく、パッケージ内部のチップにも2次元バーコードIDを刻印しようとしている。さらに装置メーカーとも協力し、SEMIで標準化作業も進めている。

例えばチップへのマーキングでは、表面側に刻み、裏面側はオプションとする。コードサイズは50μm角~200μm角と統一する。コード内の文字数は20×20ドット、31英数字、44数字。表示内容は会社コード、年月、拡散ロット番号、ウェハ番号である。ICパッケージへのマーキングでもやはり2次元バーコードを使う。コードサイズは。0.55mm角~2.2mm角。コード内文字の数は、22×22ドット、43英数字、60数字。表示内容は、会社コード、年月、拡散ロット番号、ウェハ番号など。

Infineon Technologiesのハイブリッド車用のパワーモジュール(右下に2Dバーコードがある)

チップにも付与する場合では、レーザでマーキングしたり、インクジェット法によってつけたりする場合がある。レーザマーキングはチップ上のあいたスペースにレーザで刻印する。インクジェット法では、ポリイミドパッシベーション膜上に金属粒子を含むインクで2次元バーコードを形成する。チップをプラスチックモールド樹脂で覆っても2次元バーコードが金属粒子でできているためX線で観測できる。

トレーサビリティIDを付与することで半導体チップがコストアップになることに対して、自動車メーカーは、価格をゼロにして付与することを要求しているわけでは必ずしもない。工程管理を厳しくできることから生産性の向上といったメリットが明らかになってきたため、コストアップ分を吸収できる、とみている。さらに万が一のリコールを未然に防ぐという役割もあるため、そのメリットを見込んだ価格上昇を理解できるとしている。